・・・火の奴め、苦なしでふわふわとのしおった、その時は、おらが漕いでいる艪の方へさ、ぶくぶくと泳いで来たが、急にぼやっと拡がった、狸の睾丸八畳敷よ。 そこら一面、波が黄色に光っただね。 その中に、はあ、細長い、ぬめらとした、黒い島が浮いた・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ほれ、こりゃ、破ると、中が真黒けで、うじゃうじゃと蛆のような筋のある(狐の睾丸じゃがいの。」「旦那、眉毛に唾なとつけっしゃれい。」「えろう、女狐に魅まれたなあ。」「これ、この合羽占地茸はな、野郎の鼻毛が伸びたのじゃぞいな。」・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸をねらった。ポチは、咄嗟にくるりと向きなおったが、ちょっと躊躇し、私の顔色をそっと伺った。「やれ!」私は大声で命令した。「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」 ゆるしが出た・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・「大方睾丸でもつつむ気だろう」 アハハハハと皆一度に笑う。余も吹き出しそうになったので職人はちょっと髪剃を顔からはずす。「面白え、あとを読みねえ」と源さん大に乗気になる。「俗人は拙が作蔵を婆化したように云う奴でげすが、そりゃ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 私は傷いた足で、看守長の睾丸を全身の力を罩めて蹴上げた。が、食事窓がそれを妨げた。足は膝から先が飛び上がっただけで、看守のズボンに微に触れただけだった。 ――何をする。 ――扉を開けろ! ――必要がない。 ――必要を知・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫