・・・ いまは、ただお米さんと、間に千尺の雪を隔つるのみで、一人死を待つ、……むしろ目を瞑るばかりになりました。 時に不思議なものを見ました――底なき雪の大空の、なおその上を、プスリと鑿で穿ってその穴から落ちこぼれる……大きさはそうです…・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 病者は自ら胸を抱きて、眼を瞑ること良久しかりし、一際声の嗄びつつ、「こう謂えばな、親を蹴殺した罪人でも、一応は言訳をすることが出来るものをと、お前は無念に思うであろうが、法廷で論ずる罪は、囚徒が責任を負ってるのだ。 今お前が言・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・と言って弟は私の憔れた顔にちょっと視入ったが、「それにしても、そういう気持が出るのも一つは病気のせいなんでしょうが、Kさんの時なんか今目を瞑るという間ぎわまでも死神だとか何だとかそんなことは言わなかったようですがねえ、そう言ってはなんで・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
大いなるものの悲しみ! 偉大なるものの歎き! すべての時代に現われた大いなるものは、押並べて其の輝やかしい面を愁の涙に曇らして居る。 我々及び我々の背後に永劫の未来に瞑る幾多数うべくもあらぬ人の群は、皆大いなる・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ 目を瞑るとあの細い声が再び私の耳にすべり込んで来る様でございます。 そのおだやかな柔く心をなでて行く様な思い出は、私を、どうしても貴方への最初のお便りを書かねばならない様に致しました。どうぞおよみ下さいませ。 まあ今晩のよい雨・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・ 大きな眼にうっすら涙を浮べて、口を開き暫く呆然としていた彼は、やがてちょっと目を瞑るとほとんど聞きとれないほどのつぶやきで、「……俺ら……俺らすんだら……」と、云うや否や押しかぶせるように、「何? 承知する? ああそれ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫