・・・否、一月に一度ぐらいは引き出されて瞥見された事もあったろう、しかし要するに瞥見たるに過ぎない、かつて自分の眼光を射て心霊の底深く徹した一句一節は空しく赤い線青い棒で標点けられてあるばかりもはや自分を動かす力は消え果てていた。今さらその理由を・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そのウガチを主な目的として居るところの著作数種を瞥見しますれば、左母二郎のような人間がしばしば描かれて居るのを発見するに難くないのでありますから、左母二郎のような型の人物の当時に少なくなかった事はおのずから分明であります。ただ馬琴は左母二郎・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・「君が見ないさきに僕が拝見するのは失礼だと思ったから、ほんのちらと瞥見したばかりだが、でも、桜の花のような印象を受けた。」「君は、女には、あまいからな。」 私は面白くなかった。そんなに気乗りがしないのなら、なぜ、はるばる北京からやっ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 僕はあいつを最初瞥見したとき、こんにゃくの舌で顔をぺろっと舐められたような気がしたよ。思えば、たいへんな仲間ばかり集って来たものさ。佐竹、太宰、佐野次郎、馬場、ははん、この四人が、ただ黙って立ち並んだだけでも歴史的だ。そうだ! 僕はやるぞ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・世界じゅうの重要不重要な出来事を短い時間に瞥見することによって世界が恐ろしく狭い空間に凝縮されて来る。そうして人類文化の進歩の急速な足音を聞いているような気もする。「ザンバ」のごとき自然描写を主題にしたものでも、おそらく映画製作者の意識・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・おそらく途中の本屋の店先かあるいは電柱のビラ紙かで、ちらと無意識に瞥見したかあるいは思い浮かべたこの文字が、識域のつい下の所に隠れていて、それが、この時急に飛び出して来たのかもしれないと思う。もっともそれにしたところで、広瀬中佐の銅像を見て・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・多くの人は一見乾燥なように見える抽象的系統の中に花鳥風月の美しさとは、少し種類のちがった、もう少し歯ごたえのある美しさを、把握しないまでも少なくも瞥見する事ができるだろうと思う。 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、却って無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見するところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌な空談者と訥弁な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類してい・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・もっともこれは単なる想像であるが、しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した機会に信州や甲州の沿線における暴風被害を瞥見した結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・自分は直接にその所説の全部を読んだわけではなかったが、その説の一部をどこかで瞥見して、いろいろその所説に対する疑いを起こした事もあった。しかし単に説の奇矯であり、常識的に考えてありそうもないというだけの理由から、この説を初めから問題ともしな・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
出典:青空文庫