・・・無数の眼はじっと瞬きもせず、三人の顔に注がれている。が、これは傷しさの余り、誰も息を呑んだのではない。見物はたいてい火のかかるのを、今か今かと待っていたのである。役人はまた処刑の手間どるのに、すっかり退屈し切っていたから、話をする勇気も出な・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ぴかりと稲妻の光る途端に瞬きをするのも同じことである。すると意志の自由にはならない。意思の自由にならない行為は責任を負わずとも好いはずである。けれどもお嬢さんは何と思ったであろう? なるほどお嬢さんも会釈をした。しかしあれは驚いた拍子にやは・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・神父は惘気にとられたなり、しばらくはただ唖のように瞬きをするばかりだった。「まことの天主、南蛮の如来とはそう云うものでございますか?」 女はいままでのつつましさにも似ず、止めを刺すように云い放った。「わたくしの夫、一番ヶ瀬半兵衛・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・赤坊が泣きやんで大きな眼を引つらしたまま瞬きもしなくなると、仁右衛門はおぞましくも拝むような眼で笠井を見守った。小屋の中は人いきれで蒸すように暑かった。笠井の禿上った額からは汗の玉がたらたらと流れ出た。それが仁右衛門には尊くさえ見えた。小半・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・トを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わす笏を右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさった無頼の風俗だったが、その顔は痩せ衰えて物凄いほど青く、眼は足もとから二、三間さきの石畳を孔のあくほど見入ったまま瞬きもしなかった。そしてよろけるような足・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「……宿に、桔梗屋とした……瞬きする。「で、朱塗の行燈の台へ、蝋燭を一挺、燃えさしのに火を点して立てたのでございます。」 と熟と瞻る、とここの蝋燭が真直に、細りと灯が据った。「寂然としておりますので、尋常のじゃない、と何とな・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 御廚子の菩薩は、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。 ――茫然として、銑吉は聞いていた―― 血は、とろとろと流れた、が、氷ったように、大腸小腸、赤肝、碧胆、五臓は見る見る解き発かれ、続いて、首を切れと云う。その、しなりと俎の下へ伸・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 瞳も据って、瞬きもしないで、恍惚と同じ処を凝視めているのを、宗吉はまたちらりと見た。 ああその女? と波を打って轟く胸に、この停車場は、大なる船の甲板の廻るように、舳を明神の森に向けた。 手に取るばかりなお近い。「なぞえに・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・おとよは瞬きもせず膝の手を見つめたまま黙っている。父はもう堪りかねた。「いよいよ不承知なのだな。きさまの料簡は知れてるわ、すぐにきっぱりと言えないから、三日の間などとぬかすんだ。目の前で両親をたばかってやがる。それでなんだな、きさまは今・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・いつしか、日はまったく暮れてしまって、砂地の上は、しっとりと湿り気を含み、夜の空の色は、藍を流したようにこくなって、星の光がきらきらと瞬きました。港の方は、ほんのりとして、人なつかしい明るみを空の色にたたえていたけれど、盲目の弟には、それを・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
出典:青空文庫