・・・あまりに犬の猛獣性を畏敬し、買いかぶり節度もなく媚笑を撒きちらして歩いたゆえ、犬は、かえって知己を得たものと誤解し、私を組みしやすしとみてとって、このような情ない結果に立ちいたったのであろうが、何事によらず、ものには節度が大切である。私は、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・それかといって、友人知己からお金を借りて歩くことは、もうもう、いやだ。死んだほうがいい。借銭のつらさは、骨のずいまで、しみている。死んでも、借金したくない。それゆえ私は、このごろ、とても、けちに、けちに暮している。友人と遊ぶときでも、敢然と・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そんな一少女の出奔を知己の間に言いふらすことが、彼の自尊心をどんなに満足させたか。私は彼の有頂天を不愉快に感じ、彼のテツさんに対する真実を疑いさえした。私のこの疑惑は無残にも的中していた。彼は私にひとしきり、狂喜し感激して見せた揚句、眉間に・・・ 太宰治 「列車」
・・・という、いよいよ降参人の降参人たる本領を発揮せざるを得ざるに至った、ああ悲夫、 乗って見たまえとはすでに知己の語にあらず、その昔本国にあって時めきし時代より天涯万里孤城落日資金窮乏の今日に至るまで人の乗るのを見た事はあるが自分が乗って見・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 民間に学校を設けて人民を教育せんとするは、余輩、積年の宿志なりしに、今、京都に来り、はじめてその実際を見るを得たるは、その悦、あたかも故郷に帰りて知己朋友に逢うが如し。おおよそ世間の人、この学校を見て感ぜざる者は、報国の心なき人という・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・この文を見てよく知るを得ん。この知己あり。曙覧地下に瞑すべきなり。〔『日本』明治三十二年三月二十二日〕 曙覧が清貧の境涯はほぼこの文に見えたるも、彼の衣食住の有様、すなわち生活の程度いかんはその歌によって一層詳に知ることを得べし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ ただ、余程以前、何かの講演会の席上で、つい目の前に、博士の精力的な、快活な丸い風貌に接した以外は、文学を通してだけの知己でありました。 私の周囲にそのくらいの深度の記憶を持った人々は多くあると思います。その中から、幾人ずつか一年の・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
はる子は或る知己から、一人の女のひとを紹介された。小畑千鶴子と云った。千鶴子が訪ねて来た時はる子は家にいなかった。それなり一年ばかりすぎた後、古びた紹介状が再び封入して千鶴子から会いたいという手紙が来た。はる子はすぐ承諾の・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 而し彼の心から云えば、その好意に対して、自分は感謝し、法律上改姓しても、仕事、或は今までの知己には、荒木姓を名乗って行きたいと云うのである。 マミは、此を今夜きいて、非常に激された。「其は荒木さんに都合がよいことだろうさ、けれ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 十 馬車の中では、田舎紳士の饒舌が、早くも人々を五年以来の知己にした。しかし、男の子はひとり車体の柱を握って、その生々した眼で野の中を見続けた。「お母ア、梨々。」「ああ、梨々。」 馭者台では鞭が動き・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫