・・・道太は下の座敷の庭先きのところに胡坐を組んで、幾種類となくもっているおひろの智慧の輪を、そっと押入から出して弄っていた。その中には見たこともない皮肉なものもあった。鉄で作った金平糖のようなえらの八方へ出た星を、いくらか歪みなりにできた長味の・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・かく積極消極両方面の競争が激しくなるのが開化の趨勢だとすれば、吾々は長い時日のうちに種々様々の工夫を凝し智慧を絞ってようやく今日まで発展して来たようなものの、生活の吾人の内生に与える心理的苦痛から論ずれば今も五十年前もまたは百年前も、苦しさ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・を直覚させるであらうところの装幀――に関して、多少の行き届いた良心と智慧とをもつてゐる文学者たちは、決していつも冷淡であることができないだらう。 けれどもこの注文は、実際に於て満足されない事情がある。なぜかならば我等の芸術を装幀するもの・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・言甲斐なき下げろうは習し悪くて知恵なく、心奸敷、物言こと祥なし。夫のこと舅姑姨のことなど我心に合ぬ事あれば猥に讒り聞せて、夫を却て君の為と思へり。婦人若し智無して是を信じては必ず恨出来易し。元来夫の家は皆他人なれば、恨背き恩愛を捨る事易し。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ あなたのような種類の人、あなたのように智慧がおありになり、しっかりしておいでになって、そして様子のいいお方、そう云う人にイソダンでめったに出逢うことのないのは当り前でございます。わたくしはすぐにそう思いました。こう云う人の前に出たら、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 仏教の精神によるならば慈悲である、如来の慈悲である完全なる智慧を具えたる愛である、仏教の出発点は一切の生物がこのように苦しくこのようにかなしい我等とこれら一切の生物と諸共にこの苦の状態を離れたいと斯う云うのである。その生物とは何である・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・女はどうも髪が長くて、智慧が短いと辛辣めかして云うならば、その言葉は、社会の封建性という壁に反響して、忽ち男は智慧が短かく、髪さえ短かい、と木魂して来る性質のものであると、民主社会では諒解されているのである。 本誌の、この号には食糧問題・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・それは若くて美しいと思われた人も、しばらく交際していて、智慧の足らぬのが暴露してみると、その美貌はいつか忘れられてしまう。また三十になり、四十になると、智慧の不足が顔にあらわれて、昔美しかった人とは思われぬようになる。これとは反対に、顔貌に・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・いったんはそう思って自分を慰めてみましたが、また思ってみると、自分だって世間並の男一匹の智慧しか持っていないのに気が附かずにはいられなかったのですね。それに反してあの写真の男の額からは、才気が毫光のさすように溢れて出ているでしょう。どうして・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・よき法度のもとは正直・慈悲・智慧である。これが軍法の原理なのである。そういう着眼であるから、信玄の一代記にしても、戦国武士の言行録にしても、道徳的訓戒としての色彩が非常に濃い。 ここにはその一例として、「命期の巻」にある「我国をほろぼし・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫