・・・ われわれはインテリゼンスの階層である読書青年が今その旺盛な知識欲をもって、その知的胃腑を満たし、また思考力を操練せねばならないとき、知性の拡充よりもその揚棄を先きに説かんと欲するものではない。しかしながら知性そのものにもその階層がある・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・世界を一周する。知識欲が丸でなくて、紀行文を書くなんと云うことに興味を有せない身にとっては、余り馬鹿らしい。 こう考えた末、ポルジイは今時の貴族の青年も、偉大なる恋愛のためには、いかなる犠牲をも辞せないと云うことを証明するに至った。ポル・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それでもこの失敗した試みが自分の理学的知識欲を刺激する効果のあっただけは確かである。南国の盛夏の真昼間の土蔵の二階の窓をしめ切って、満身の汗を浴びながら石油ランプに顔を近寄せて、一生懸命に朦朧たる映像を鮮明にかつ大きくすることに苦心した当時・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・食うという事は知識欲とともに当時の最大の要事であったのである。 父に連れられてはじめて西洋料理というものを食ったのが、今の「天金」の向かい側あたりの洋食店であった。変な味のする奇妙な肉片を食わされたあとで、今のは牛の舌だと聞いて胸が悪く・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・その不可解な絵が妙に未知の不思議の世界に対する知識欲を刺戟しそれがいつとなく植物学全体への興味を煽るのであった。もしもあの時に先生が掛図の色々の絵の一つ一つを残らず通り一遍の簡単な説明で撫でて通ったのであったら、効果はおそらくまるで反対のも・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車というよりは、吾人の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。 同時に多くのイズムは、零砕の類例が、比較的緻密な頭脳に濾過されて凝結し・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・ 知識欲のさかんな若い人々、レーニンが云っているように向上心にもえ、階級の武器として、あらゆる知識をもちたいと思っている優秀な労働者たちが、その知識慾を餌じきにされて、きたならしい饒舌、ダイジェスト文化に、時間と金を吸いとられ、頭脳をか・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・学生や職場の大衆が知識欲をみたすための罪のないサークルや読書会をもっても二十九日、又それをむしかえしての拘留を食う。 留置場に長くいればいるほど、権力の手のこんだ専暴と、人民は無権利であることを切々と感じる。 初めて留置場へぶち込ま・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・若々しい知識欲が何か求めて本気で本を見る眼差しは、ただ商品を視線で撫でてすぎるのとはちがう、おのずからなはた目の快さをも誘うのが自然だと思う。 本がどっさりあることは、不幸ではない。けれども、現代は本の数はあるが、本のなかみへの愛や探求・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・これは学習院の学生達のみち足りた境遇では、知識欲も、珍しさの味――落語にある「目黒の秋刀魚」に類するものか、と、三十数年前の講演で彼が語った、そのことである。 この質問に対して明快に返答することは、こんにちの学習院の先生にとっても生徒に・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
出典:青空文庫