・・・花候の一日わたくしは園梅の枝頭に幾枚となく短冊の結びつけられているを目にして、何心なく之を手に取った時、それは印刷せられた都新聞の広告であったのに唖然として言う所を知らず、興趣忽索然として踵を回して去ったことがあった。 二三年前初夏の一・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・西日のさしこむ軒に竹すだれがかかり、風鈴の赤い短冊がゆれていて、なめたようにきれいな狭い台所口があいていると、裏の田圃が見えた。おゆきのうちには、猫がいた。 子供たちは、菊見せんべいへ行くとき、一緒に来る大人が母でさえなければ、おゆきの・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・紫紐で髪を結えた藤村の父は、僅か九つ、今日なら小学二年生になったばかりの息子を東京へやる餞別として、五六枚の短冊を与えた人である。「行ひは必ず篤敬。云々。」と書き与えた人である。故郷が恋しい、母サンやお祖母サンガ居ナイカラ僕ツマンナイヤ、と・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫