・・・殊に我日本国に於ては、古来女性の学問教育を等閑に附して既に其習慣を成したることなれば、今日遽に之を起して遽に高尚の門に入れんとするも、言う可くして行わる可らざるの所望なれば、我輩は今後十年二十年の短日月に多きを求めず、他年の大成は他年の人の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・明治の時代中ある短日月の間、文章と云えば、作に露伴紅葉四迷篁村緑雨美妙等があって、評に逍遥鴎外があるなどと云ったことがある。これは筆を執る人の間で唱えたのであるが、世間のものもそれに応じて、漫りに予を諸才子の中に算えるようになって居た。姑く・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・私の性質と境遇とが、却て比較的短日月の間にそれをさせたのだと云っても好いかも知れない。二 ファウストの善本は無論ゾフィインアウスガアベである。私はそれを持っている。然るに私は零砕の時間を利用して訳するのだから、三冊物を持ち歩・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫