・・・今でもあの荒涼とした石山とその上の曇った濁色の空とがまざまざと目にのこっている。 温かき心 中禅寺から足尾の町へ行く路がまだ古河橋の所へ来ない所に、川に沿うた、あばら家の一ならびがある。石をのせた屋根、こまいのあらわ・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向に、若木の藤が、結綿の切をうつむけたように優しく咲き、屋根に蔭つくる樹の下に、山吹が浅く水に笑う……家ごとに申合せた・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・京都へ着くと、もう日が暮れていましたが、それでも歩きつづけて、石山まで行ってやっと野宿しました。朝、瀬多川で顔を洗い、駅前の飯屋で朝ごはんを食べると、もう十五銭しか残っていなかった。それで煙草とマッチを買い、残った三銭をマッチの箱の中に入れ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・唐崎はあの辺かなど思えど身地を踏みし事なければ堅田も石山も粟津もすべて判らず。九つの歳父母に従うて東海道を下りし時こゝの水楼にはやの塩焼の骨と肉とが面白く離るゝを面白がりし事など思い出してはこの頃の吾なつかしく、父母の老い給いぬる今悲しかり・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・私は昨晩和歌の浦へ泊りましたが、和歌の浦へ行って見ると、さがり松だの権現様だの紀三井寺だのいろいろのものがありますが、その中に東洋第一海抜二百尺と書いたエレヴェーターが宿の裏から小高い石山の巓へ絶えず見物を上げたり下げたりしているのを見まし・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫