・・・蠅がワンと飛ぶ。石灰の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。 あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々とした野の方がいい。どれほど好いかしれぬ。満洲の野は荒漠として何もない。畑にはもう熟しかけた高粱が連なっているばかりだ。けれど新鮮な空・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 白炭 小枝に石灰を塗って焼いた炭である。黒い炭の中に交ぜて炭取を飾り炉の中を飾る。焼けると真白に光って美しい。瓦斯の焔を石灰に吹きつけて光らせるのはドラモンド灯であるが、白炭の強い光を喜んだ昔の人は偶然に一種のド・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・過燐酸の工場と五稜郭。過燐酸石灰、硫酸もつくる。五月廿日 *いま窓の右手にえぞ富士が見える。火山だ。頭が平たい。焼いた枕木でこさえた小さな家がある。熊笹が茂っている。植民地だ。 ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・向うは安山岩の集塊岩、こっちは流紋凝灰岩です。石灰や加里や植物養料がずうっと少いのです。ここにはとても杉なんか育たないのです。〕うしろでふんふんうなずいているのは藤原清作だ。あいつは太田だからよくわかっているのだ。〔尤も向うの杉のついて・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・水を呑んでも石灰の多い水、炭酸の入った水、冷たい水、又川の柔らかな水みなしずかにそれを享楽することができるのであります。これらは感官が澄んで静まっているからです。ところが感官が荒さんで来るとどこ迄でも限りなく粗く悪くなって行きます。まあ大抵・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・板がこいから空へつき出した起重機の頂に赤旗をひるがえしながら煉瓦、石灰の俵、トラクターの重いわだちがかたちをくずした泥の中で興味ぶかい未完成の姿を現している。 だが、モスクワそのものを、本当にソヴェトの首都にふさわしい社会主義都市に根柢・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・砂地であるのに、道普請に石灰屑を使うので、薄墨色の水が町を流れている。 借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫