・・・本尊だに右の如くなれば、この小堂の破損はいう迄もなし、ようように縁にあがり見るに、内に仏とてもなく、唯婦人の甲冑して長刀を持ちたる木像二つを安置せり。 これ、佐藤継信忠信兄弟の妻、二人都にて討死せしのち、その母の泣悲しむがいとしさに・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉羽目板だから破損したかあるいは雨晒しになって散三になってしまったろう。幸い無事に保存されていても今戸は震害地だったから地震の火事で焼けてしまったろう。 椿岳は晩年には『徒然草』を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・風雪の為に、垣も大分破損んだ。毎年聞える寂しい蛙の声が復た水車小屋の方からその障子のところへ伝わって来た。 北の縁側へ出て見た。腐りかけた草屋根の軒に近く、毎年虫に食われて弱って行く林檎の幹が高瀬の眼に映った。短い不恰好な枝は、その年も・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・と宣告されたほどに破損して、この二、三年間ただ茶箪笥の上の飾り物になっていて、老母も妻も、この廃物に対して時折、愚痴を言っていたのを思い出し、銀行から出たすぐその足でラジオ屋に行き、躊躇するところなく気軽に受信機の新品を買い求め、わが家のと・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・断絶を食い、てんとして恥じず、借銭どこが悪い、お約束の如くに他日返却すれば、向うさまへも、ごめいわくは無し、こちらも一命たすかる思い、どこがわるい、と先日も、それがために奥様へ火鉢投じて、ガラス戸二枚破損の由、話、半分としても暗涙とどむる術・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・に断絶を食い、てんとして恥じず、借銭どこが悪い、お約束の如くに他日返却すれば、向うさまへも、ごめいわくなし、こちらも一命たすかる思い、どこがわるい、と先日も、それがために奥様へ火鉢投じて、ガラス戸二枚破損の由、話、半分としても暗涙とどむる術・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この身仕度は少しく苦笑の仕草に似たれども、老生の上顎は御承知の如く総入歯にて、之を作るに二箇月の時日と三百円の大金を掛申候ものに御座候えば、ただいま松の木の怪腕と格闘して破損などの憂目を見てはたまらぬという冷静の思慮を以てまず入歯をはずし路・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・九月二日 曇 朝大学へ行って破損の状況を見廻ってから、本郷通りを湯島五丁目辺まで行くと、綺麗に焼払われた湯島台の起伏した地形が一目に見え上野の森が思いもかけない近くに見えた。兵燹という文字が頭に浮んだ。また江戸以前のこの辺の景色・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ このような事のある一方で、私の宅の客間の電燈をつけたり消したりするために壁に取りつけてあるスイッチが破損して、明かりがつかなくなってしまった。電燈会社の出張所へ掛け合ってみたが、会社専用のスイッチでなくて、式のちがったのだから、こちら・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・たとえば電車や公共建築物設備の不完全あるいは破損のために将来当然に起こるべきけがや病害を、とかく不手回りがちな当局者に先だって発見し注意したい。電車の不完全な救助網や不潔な腰掛け、倒れそうな石垣やくずれそうな崖、病菌や害虫を培養する水たまり・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫