・・・そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・沢庵漬の重石程な岩石の破片が数町離れた農家の屋根を抜けて、囲炉裏へ飛び込んだ。 農民は駐在所へ苦情を持ち込んだ。駐在所は会社の事務所に注意した。会社員は組員へ注意した。組員は名義人に注意した。名義人は下請に文句を言った。 下請は世話・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・榊山氏の文章は虚無的な色調の上に攪乱された神経と、破れて鋭い良心の破片の閃きとで或る種の市街戦の行われている国際都市の或る立場の人々としての現実を反映している。けれども、これらの文章の大体は、私たちが夜中にも立ち出て見送った兵士たちの生活と・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・二間ばかりもあるかと思われるひろさで流れている水は澄んでいて流れの底に、流れにそってなびいている青い水草が生えているのや、白い瀬戸ものの破片が沈んでいるのや、瀬戸ひき鍋の底のぬけたのが半分泥に埋まっているのなどが岸のところから見えていた。大・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・あわれに打ちくだかれた骨の正しい手当、また傷の中の小銃弾や大砲の弾丸の破片をX光線の透写によって発見する装置が、この恐ろしい近代戦になくてもよいのであろうか。 キュリー夫人は科学上の知識から、大規模の殺戮が何を必要としているかを見た。罪・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・けれども、十七篇の一つ一つは、よしんばそれが断片的であろうとも、そのうちには本質的な問題がふくまれている破片である。そこには血のにじみのように、日本の社会・家族・親族関係の現実とその中におかれている婦人の矛盾した立場についての抗議や生活破壊・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・ざらざらした白っぽい巌の破片に混って硫黄が道傍で凝固していた。烈しい力で地層を掻きむしられたように、平らな部分、土や草のあるところなど目の届く限り見えず、来た方を振りかえると、左右の丘陵の巓に、僅か数本の躑躅が遅い春の花をつけているばかりだ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・その批評にあらわれた抽象的な物のいいかた、哲学の引用の様子そのものが、すでに、まざまざと今日の知識階級がどんなに古い知識の破片をうず高くかぶって、窒息せんばかりの状態におかれているかを感じさせる有様である。 横光利一は「紋章」の久内の生・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・において作者の興味をとらえているのは、人間性の時代的なこわれかたとその各破片のままの閃きの姿である。「チボー家の人々」を通して時代を描こうとするデュ・ガールの関心は、時代の矛盾激突によって破壊されようとしても猶こわれまいとする人間性の意欲と・・・ 宮本百合子 「次が待たれるおくりもの」
・・・ 秀麿の銜えている葉巻の白い灰が、だいぶ長くなって持っていたのが、とうとう折れて、運動椅子に倚り掛かっている秀麿のチョッキの上に、細い鱗のような破片を留めて、絨緞の上に落ちて砕けた。今のように何もせずにいると、秀麿はいつも内には事業の圧・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫