・・・しかし自分の長い結婚生活が結局女の破産に終ったとは考えたくなかった。小山から縁談があって嫁いで来た若い娘の日から、すくなくとも彼女の力に出来るだけのことは為たと信じていたからで。彼女は旦那の忘れ形見ともいうべきお新と共に、どうかしてもっと生・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・彼女が嫁いて来たばかりの頃は、大塚さんは湯島の方にもっと大きな邸を持っていたが、ある関係の深い銀行の破産から、他に貸してあったこの根岸の家の方へ移り住んだのだ。そういう時に成ると、おせんは何をして可いかも解らないような人で、自分の櫛箱の仕末・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大見得切っても、いつまでも幕が降りずに、閉口している役者に似ていた。かれは仕様がないので、舞台の上に身を横え、死んだふりなどして見・・・ 太宰治 「花燭」
・・・私は、ほとんど破産しかけた。園子だけは、何も知らずに、家中をヨチヨチ歩きまわっていた。 二十七日十九時、上野発急行列車。満員だった。私たちは原町まで、五時間ほど立ったままだった。 ハハイヨイヨワルシ」ダザイイツコクモハヤクオイデマツ・・・ 太宰治 「故郷」
・・・親が破産しかかって、せっぱつまり、見えすいたつらい嘘たしかに全部、苦しい言いつくろいの記事ばかりであったが、しかし、それでも、嘘でない記事が毎日、紙面の片隅に小さく載っていた。曰く、死亡広告である。羽左衛門が疎開先で死んだという小さい記事は・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私はこのウイスキイを、かなり前にやっと一ダアスゆずってもらい、そのために破産したけれども後悔はせず、ちびちび嘗めて楽しみ、お酒の好きな作家の井伏さんなんかやって来たら飲んでもらおうとかなり大事にしていたのである。しかし、だんだん無くなって、・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・数年前に、夫人の実家が破産した。それから夫人は、妙に冷く取りすました女になった。実家の破産を、非常な恥辱と考えてしまったらしい。なんでもないじゃないか、といくら慰めてやっても、いよいよ、ひがむばかりだという。それを聞いて僕も、お正月の、あの・・・ 太宰治 「水仙」
・・・「性格が破産しちゃったんじゃないかしら」と笑っている。「飼い主に、似てきたというわけかね」私は、いよいよ、にがにがしく思った。 七月にはいって、異変が起った。私たちは、やっと、東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・に、やはり同様に破産した事務所の家具が運び出される滑稽な光景がある。人夫がヒーローの帽子を失敬しようとする点まで全く同工異曲である。これは偶然なのか、それともプログラム編成者の皮肉なのか不明である。 凡児が父の「のんきなトーさん」と「隣・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 同じような立場から云うと、基礎の怪しい会社などを始めから火葬にしないでおいたためにおしまいに多数の株主に破産をさせるような事になる。これも殺生な事であると云わなければならない事になる。 こんな話の種を拾い出せばまだまだ面白いのがい・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
出典:青空文庫