・・・彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄の感じが、たゞよっていた。「なんでもない。一寸話があるだけだ。来てくれないか。」病院へ呼びに来た憲兵上等兵の事もなげな態度が、却って変に考えられた。罪なくして、薄暗い・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 無才、醜貌の確然たる自覚こそ、むっと図太い男を創る。たまもの也。十二日。 試案下書。一、昭和十一年十月十三日より、ひとつき間、東京市板橋区M脳病院に在院。パヴィナアル中毒全治。以後は、一、十一年十一月より十二年六月・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・とは、心のときめきに於いては同じようにも思われるだろうが、熟慮半日、確然と、黒白の如く分離し在るを知れり。宿題「チェック・チャックに就いて。」「策略ということについて。」「言葉の絶対性ということについて。」「沈黙は金なりとい・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・これも別に確然たる意見があったわけではない。その頃の書生は新刊の小説や雑誌を購読するほどの小使銭を持っていなかったので、読むに便宜のない娯楽の書物には自然遠ざかっていた。わたくしの家では『時事新報』や『日々新聞』を購読していたが『読売』の如・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・まず大体の上においてこの命題は確然たる根拠のあるものと御考えになっても差支早い話しが無臭無形の神の事でもかこうとすると何か感覚的なものを借りて来ないと文章にも絵にもなりません。だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ジイドは、自分の立場を確然とこれらの一群と対置しようとした。ソヴェトの偉業にたいする讚歎の情があればこそ、ソヴェトが彼に希望することを許したものがあればこそ強まる彼の批評精神によって「ソヴェトによって実現された事業は十中の八九まで実に称讚に・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・まして確然とした世界観をもつプロレタリア作家が、遠く島国日本の客観情勢を展望し、中国の新興力を鳥瞰図的に把握し、しかもソヴェト同盟における大建設の地響きを足に感じながら目前に大危機を経験しつつあるドイツを見ているとしたら大小説を書きたくなら・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・ 討議は正味八時間余ブッ通して行われ、日本プロレタリア作家同盟は第三回大会で、内容的に、一歩、確然たる前進をした。 一九三〇年の第二回大会で、作家同盟は「文学のボルシェビキ化」を決議した。そして、「前衛の目をもって書く」ことを目・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 永遠な、過去と未来とを縦に貫く一線は、又、無辺在な左右を縫う他の一線と、此の小さい無力な私の上に確然と交叉して居るのを感じずには居られないのである。 斯うやって考えて来ると、私は、今日の生活が、如何に「智」に不足して居るかを思わず・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・それは様々な本能から成り立っているが、しかし確然とその本能の数をいうことは出来ぬ。これらの多様なる本能が統一せられた所に個性がある。従って個性もまた明確に認識せられ得るはずのものではない。 個性は、たとえていえば人相のようなものである。・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫