・・・それは××胡同の社宅の居間に蝙蝠印の除虫菊が二缶、ちゃんと具えつけてあるからである。 わたしは半三郎の家庭生活は平々凡々を極めていると言った。実際その通りに違いない。彼はただ常子と一しょに飯を食ったり、蓄音機をかけたり、活動写真を見に行・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 会社の構内にあった父の社宅は、埠頭から二、三町とは離れていないので、鞭の音をきくかと思うと、すぐさま石塀に沿うて鉄の門に入り、仏蘭西風の灰色した石造りの家の階段に駐った。 家は二階建で、下は広い応接間と食堂との二室である。その境の・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・組の現場監督の下の親父と、その下につかわれている労働者たちとの関係は、親父が社宅をぶらりぶらり見てまわって、そこに作ってある野菜なんか、一声かけて、さっさと気に入ったのを抜いてゆくという風であるそうだ。親父の息子と喧嘩すると、その子の親たち・・・ 宮本百合子 「くちなし」
出典:青空文庫