・・・ 二 位牌 僕の家の仏壇には祖父母の位牌や叔父の位牌の前に大きい位牌が一つあった。それは天保何年かに没した曾祖父母の位牌だった。僕はもの心のついた時から、この金箔の黒ずんだ位牌に恐怖に近いものを感じていた。 僕の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 自動車のいる所に来ると、お前たちの中熱病の予後にある一人は、足の立たない為めに下女に背負われて、――一人はよちよちと歩いて、――一番末の子は母上を苦しめ過ぎるだろうという祖父母たちの心遣いから連れて来られなかった――母上を見送りに出て・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・まだ小さな時分に、両親は北村君を祖父母の手に託して置いて、東京に出た。北村君は十一の年までは小田原にいて、非常に厳格な祖父の教育の下に、成長した。祖母という人は、温順な人ではあったが、実の祖母では無くて、継祖母であった。北村君自身の言葉を借・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・私の小さい頃に死んだ私の里の祖父母は、よく夫婦喧嘩をして、そのたんびに、おばあさんが、でえじにしてくんな、とおじいさんに言い、私は子供心にもおかしくて、結婚してから夫にもその事を知らせて、二人で大笑いしたものでした。 私がその時それを言・・・ 太宰治 「おさん」
・・・われらの祖父母のありし日の世界をそのままで目の前に浮かばせるような、リアルな時代物映画は見たことがない。チャンバラの果たし合いでも安芝居の立ち回りの引き写しで、ほんとうの命のやりとりらしいものはどこにも求められない。時局あて込みの幕末ものの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ちょん髷をつけたわれらの祖父母曾祖父母とはどうしても思われない。第二には群衆の使い方が拙である。おおぜいの登場者の配置に遠近のパースペクチーヴがなく、粗密のリズムがないから画面が単調で空疎である。たとえば大評定の場でもただくわいを並べた八百・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・なお進んで吟味を遠くすれば、その父母の父母たる祖父母より以上曾祖玄祖に至るまでも罪を免るべからず。前節にもいえる如く、人の心の不徳は身の病に異ならず、病毒の力能く四、五世に遺伝するものなれば、不徳の力もまた四、五世に伝えて禍せざるを得ず。さ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ この女詩人は生みの母を知らず祖父母に養育された。父は家によりつかない男であった。祖父母に生活能力がなくて、みじめな貧しさのなかで孫が働き、辛うじて糊口をつないだ。世間には男の児だとそういう境遇のめぐり合わせにおかれるものも決して一人や・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
標準時計 福井 地震と継母 Oのこと mammy のこと aと自分 ○祖父母、母、――自分で三つの時代の女性の生活気分と時代に至るを、現したい。 ――○―― 国・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・我が父母。我が祖父母……誰々……誰々……。私は、私共一家族の短かいとは云え、昨日今日では無い遺伝を背負って居る。 今日、私自身が自らの裡に自覚する強みも、弱みも、何処か遠い、見えない彼方に下された胚種の、一つの発芽であると、何うして云え・・・ 宮本百合子 「無題」
出典:青空文庫