・・・といって祝儀を出すと、女は、「こんなに貰わなくッていいよ。お湯だけなら。」「じゃ、こん度来る時まで預けて置こう。ここの家は何ていうんだ。」「高山ッていうの。」「町の名はやっぱり寺嶋町か。」「そう。七丁目だよ。一部に二部は・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・お神さんの持って来た幸寿司で何も取らず、会計は祝儀を合せて二円二十三銭也。芝居の前でお神さんに別れて帰りに阿久と二人で蕎麦屋へ入った。歩いて東森下町の家まで帰った時が恰度夜の十二時。 かつて深川座のあった処は、震災後道路が一変してい・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・一度男にだまされて、それ以来自棄半分になっているのではないかと思われるところもあったが、然し祝儀の多寡によって手の裏返して世辞をいうような賤しいところは少しもなかったので、カッフェーの給仕女としてはまず品の好い方だと思われた。 以上の観・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・御機嫌よろしゅう」と、小万とお梅とは口を揃えて声をかけた。 西宮はまた今夜にも来て様子を知らせるからと、吉里へ言葉を残して耳門を出た。「おい、気をつけてもらおうよ。御祝儀を戴いてるんだぜ。さようなら、御機嫌よろしゅう。どうかまたお近・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 千世子は買って置きの銘仙の反物と帯止と半衿を紙に包んで外に金を祝儀袋へ入れた時それを持ち出すのが辛い様な気がした。 体を大切におし、 行った先は知らせるんだよ。 こんな経験のない千世子はこう云う時にどう云ったら一番・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・りよが元の主人細川家からは、敵討の祝儀を言ってよこした。 十九日には筒井から三度目の呼出が来た。九郎右衛門等三人は口書下書を読み聞せられて、酉の下刻に引き取った。 二十三日には筒井から四度目の呼出が来た。口書清書に実印、爪印をさせら・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 竜池は祝儀の金を奉書に裹み、水引を掛けて、大三方に堆く積み上げて出させた。 竜池は涓滴の量だになかった。杯は手に取っても、飲むまねをするに過ぎなかった。また未だかつて妓楼に宿泊したことがなかった。 為永春水はまだ三鷺と云い、楚・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・と云う紋切形の一言で褒めてくれることになっているが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそっくりお金にお祝儀に遣れば好いことになる。 * * * 話は川桝と云う料理店での出来事で・・・ 森鴎外 「心中」
・・・飾磨屋の事だから、定めて祝儀もはずむのだろうに、嬉しそうには見えない。「勝手な馬鹿をするが好い。己は舟さえ漕いでいれば済むのだ」とでも云いたそうである。 僕は薄縁の上に胡坐を掻いて、麦藁帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗を拭きながら、・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫