・・・つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」 青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。――竹藪を後にして建てた、藁葺きのあばら家だから、中は鼻がつかえるほど狭い。が、簾の外の往・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・つまり康頼の考えでは、神仏も商人と同じなのじゃ。ただ神仏は商人のように、金銭では冥護を御売りにならぬ。じゃから祭文を読む。香火を供える。この後の山なぞには、姿の好い松が沢山あったが、皆康頼に伐られてしもうた。伐って何にするかと思えば、千本の・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 小野の小町 神仏の悪口はおよしなさい。 使 いや、わたしには神仏よりも、もっとあなたがたが恐ろしいのです。あなたがたは男の心も体も、自由自在に弄ぶことが出来る。その上万一手に余れば、世の中の加勢も借りることが出来る。このくらい強い・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ あわれ、覚悟の前ながら、最早や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。 さて心がら鬼のごとき目をみひらくと、余り強く面を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥に且つ幽に、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・世に人にたすけのない時、源氏も平家も、取縋るのは神仏である。 世間は、春風に大きく暖く吹かるる中を、一人陰になって霜げながら、貧しい場末の町端から、山裾の浅い谿に、小流の畝々と、次第高に、何ヶ寺も皆日蓮宗の寺が続いて、天満宮、清正公、弁・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・推量して下さいまし、愛想尽しと思うがままよ、鬼だか蛇だか知らない男と一つ処……せめて、神仏の前で輝いた、あの、光一ツ暗に無うては恐怖くて死んでしまうのですもの。もし、気になったら、貴方ばかり目をお瞑りなさいまし。――と自分は水晶のような黒目・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・半分夢中で、それでも私がここへ来たのは神仏のお助けです。秦さん、私が助けるんだと思っちゃあ不可い。可うござんすか、可いかえ、貴方。……親御さんが影身に添っていなさるんですよ。可ござんすか、分りましたか。」 と小児のように、柔い胸に、帯も・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・真人間が、真面目に、師の前、両親の前、神仏の前で頼むのとおなじ心で云うんです。――私は孤児だが、かつて志を得たら、東京へ迎えます。と言ううちに、両親はなくなりました。その親たちの位牌を、……上野の展覧会の今最中、故郷の寺の位牌堂から移して来・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・お前が神仏を念ずるにも、まず第一に拝むと云った、その言葉が嘘でなければ、言わずとも分るだろう。そのお方のいいつけなんだ。お蔦 (消ゆるがごとく崩折ええ、それじゃ、貴方の心でなく、別れろ、とおっしゃるのは、真砂町の先生の。(と茫然早瀬・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難ない疫神の仕業として、神仏に頼むより外に手当の施こしようがないように恐れていた。それ故に医薬よりは迷信を頼ったので、赤い木兎と赤い達磨と軽焼とは唯一無二の神剤であった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫