・・・四辺の温和な山川の中に神代の巨人のごとく伝説の英雄のごとく立ちはだかっている。富士が女性ならばこれは男性である。苦味もあれば渋味もある。誠に天晴な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。 誰か・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ この文化的日本の銀座の舗道の上に、びしょびしょにぬれて投げ出された数株の菱を見て、若い日の故郷の田舎の水辺の夢を思い出す人は、自分らばかりではないと見える。 神代からなる蒲の穂や菱の浮き葉は、やはり今でも日本にあるにはあるのである・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ まず第一にこの国が島国であることが神代史の第一ページにおいてすでにきわめて明瞭に表現されている。また、日本海海岸には目立たなくて太平洋岸に顕著な潮汐の現象を表徴する記事もある。 島が生まれるという記事なども、地球物理学的に解釈する・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・しかし例えば神代や仏教を題材にとったのや武将や詩人を題にしたので失望しなかった例は思い出せない。今の人間には崇高や壮大と名づけられる種類の美は何らかの障礙のために拒まれているのだろうか。 日本画部から受けた灰色の合成的印象をもって洋・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ 何でもよほど古い事で、神代に近い昔と思われるが、自分が軍をして運悪く敗北たために、生擒になって、敵の大将の前に引き据えられた。 その頃の人はみんな背が高かった。そうして、みんな長い髯を生やしていた。革の帯を締めて、それへ棒のような・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・慈遍は神代在今、莫謂往昔とも云う。日本精神の真髄は、何処までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云うことにあるのである。八紘為宇の世界的世界形成の原理は内に於て君臣一体、万民翼賛の原理である。我国体を家族的国家と云っても、単に・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・開闢の初より今日にいたるまで、世界古今、正しく同一様にして変違あることなし。神代の水も華氏の寒暖計二百十二度の熱に逢うて沸騰し、明治年間の水もまた、これに同じ。西洋の蒸気も東洋の蒸気も、その膨脹の力は異ならず。亜米利加の人がモルヒネを多量に・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・親のある人もおほかるものをわれは親なし 母の三十七年忌にはふ児にてわかれまつりし身のうさは面だに母を知らぬなりけり 古書を読みて真男鹿の肩焼く占にうらとひて事あきらめし神代をぞ思ふ 筑紫人のその国へか・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・自動車という文明の乗物できまった村街道を進むのではあるが、外の自然を見ていると、空気に、日光に、原始的な、神代めいた朗かさ、自由さ、豊富さが横溢して指の先へまで伝わって来るのだ。 青島も、確に珍しい見物の一つではあろう。太平洋に面し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・「へえー、いつの間にそんなに年をとりました――神代種亮が妻君をなくし、子供は三人あるが――どうです、その人と結婚する気になりませんか」「余りだ」と思う 芥川「女は結婚して損はないんだがなあ」 生田 自分「めぐり合わせ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫