・・・これは、邸内に妙見大菩薩があって、その神前の水吹石と云う石が、火災のある毎に水を吹くので、未嘗、焼けたと云う事のない屋敷である。第二に、五月上旬、門へ打つ守り札を、魚籃の愛染院から奉ったのを見ると、御武運長久御息災とある可き所に災の字が書い・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ と疲れた状にぐたりと賽銭箱の縁に両手を支いて、両の耳に、すくすくと毛のかぶさった、小さな頭をがっくりと下げながら、「一挺お貸し下さいまし、……と申しますのが、御神前に備えるではございません。私、頂いて帰りたいのでございます。」・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・その料理屋には、神前挙式場も設備せられてある由で、とにかく、そのほうの交渉はいっさい小坂氏にお任せする事にした。また媒妁人は、大学で私たちに東洋美術史を教え、大隅君の就職の世話などもして下さった瀬川先生がよろしくはないか、という私の口ごもり・・・ 太宰治 「佳日」
・・・と言って、神前で紅白の布を巻いた棒を振り回す儀式もあったが、詳しい事はもうよくは覚えていない。 文明の波が潮のように片田舎にも押し寄せて来て、固有の文化のなごりはたいてい流してしまった。「ナーンモーンデー」の儀式もいつのまにか廃止された・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・さらにはなはだしいのは神前にささげる閹人の踊りである。閹人たちは踊りが高潮に達した時に小刀をもって腕や腿を傷つける。そうして血みどろになって猛烈に踊り続ける。それを見まもる者はその血の歓びを神の恩寵として感じている。その彼らはまた処女の神聖・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫