・・・勿論その時あの婆が根掘り葉掘り尋ねる問などは、神慮に叶わない風を装って、一つも答えない事にきめていたのです。ところが例の裸蝋燭の光を受けて、小さいながら爛々と輝いた鏡の面を見つめていると、いくら気を確かに持とうと思っていても、自然と心が恍惚・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「神慮の鯉魚、等閑にはいたしますまい。略儀ながら不束な田舎料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直って真魚箸を構えた。 ――釵は鯉の腹を光って出た。――竜宮へ往来した釵の玉の鸚鵡である。「太夫様――太夫様。」 ものを言おう・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・の毛が三本着いているのだの、伊尹の使った料理鍋、禹の穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く買わすべきで、これはこれ有無相通、世間の不公平を除き、社会主義者だの無産者だのというむずかしい神の神慮をすずしめ奉る御神楽の一座にも相成る・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・僕は神慮に称っていると見えて、富田に馳走をせいと云う託宣があるのだ。」「怪しい女だね」と戸川が嘴を容れた。「なに。御馳走になるから云うのではないが、なかなか好い細君だよ。入院している子供は皆懐いている。好く世話をして遣るそうだ。ただ・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫