・・・それは医学を超越する自然の神秘を力説したのである。つまり博士自身の信用の代りに医学の信用を抛棄したのである。 けれども当人の半三郎だけは復活祝賀会へ出席した時さえ、少しも浮いた顔を見せなかった。見せなかったのも勿論、不思議ではない。彼の・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。眠っていない。どことなく、生きて動いているという気がする。しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。吾妻橋・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・が、やはり彼の体は、どう云う神秘な呪の力か、身動きさえ楽には出来なかった。 その内に突然沈黙が、幻の男女たちの上へ降った。桶の上に乗った女も、もう一度正気に返ったように、やっと狂わしい踊をやめた。いや、鳴き競っていた鶏さえ、この瞬間は頸・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・―― 不思議な光景は、美しき女が、針の尖で怪しき魔を操る、舞台における、神秘なる場面にも見えた。茶店の娘とその父は、感に堪えた観客のごとく、呼吸を殺して固唾を飲んだ。 ……「ああ、お有難や、お有難い。トンと苦悩を忘れました。お有難い・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・いわゆる、流れものというものには、昔から、種々の神秘な伝説がいくらもあります。それが、目の前へ、その不思議が現われて来たものなんです。第一、竹筒ばかりではない。それがもう一重、セメン樽に封じてあったと言えば、甚しいのは、小さな櫂が添って、箱・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・そして、雪の凍る寒い静かな夜の、神秘なことが書いてありました。 青い星を見た刹那から、彼女を北へ北へとしきりに誘惑する目に見えない不思議な力がありました。 とうとう、二、三日の後でした。年子は、北へゆく汽車の中に、ただひとり窓に凭っ・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・この殆んど神秘的な説明し難い感情こそ、土と人との連結でもあるのだ。 どこの村落にせよ、まだ、あまり都会的害毒に侵されざるかぎり、また、彼等が土を耕している人間であるかぎり、自然発生的に、その村に結ばれた習慣があり、掟がある。そして、他郷・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 盲腸という無用の長物に似た神秘のヴェールを切り取る外科手術! 好奇心は満足され、自虐の喜悦、そして「美貌」という素晴らしい子を孕む。しかし必ず死ぬと決った手術だ。 やはり宮枝は慄く、男はみな殺人魔。柔道を習いに宮枝は通った。社交ダンス・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・既にして場内アナウンスの少女の声が、美しく神秘的である。それが終ると、場内にはにわかに黄昏の色が忍び込んで、鮮かな美しさだ。天井に映された太陽が西へ傾き、落ちると、大阪の夜の空が浮び出て来る。降るような星空だ。月が出て動く。星もいつか動く。・・・ 織田作之助 「星の劇場」
・・・何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。 ところで、月光による自分の影を視凝めているとそのなかに生物の気配があらわれて来る。それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
出典:青空文庫