・・・の材料は、昔、高木さんの比較神話学を読んだ時に見た話を少し変えて使った。どこの伝説だか、その本にも書いてなかったように思う。○新小説へ書いた「煙管」の材料も、加州藩の古老に聞いた話を、やはり少し変えて使った。前に出した「虱」とこれと、来・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・のみならずサンダアルを片っぽだけはいた希臘神話の中の王子を思い出させる現象だった。僕はベルを押して給仕を呼び、スリッパアの片っぽを探して貰うことにした。給仕はけげんな顔をしながら、狭い部屋の中を探しまわった。「ここにありました。このバス・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・何でも神話によると、始は蛙ばかり住んでいた国だそうですが、パラス・アテネがそれを皆、人間にしてやったのだそうです。だから、ゾイリア人の声は、蛙に似ていると云う人もいますが、これはあまり当になりません。記録に現れたのでは、ホメロスを退治した豪・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・……博識にしてお心得のある方々は、この趣を、希臘、羅馬の神話、印度の譬諭経にでもお求めありたい。ここでは手近な絵本西遊記で埒をあける。が、ただ先哲、孫呉空は、ごまむしと変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその臓腑を抉るのである。末法の凡俳・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・でも私、おとといギリシャの神話を二十ばかり読んで、たのしい物語をひとつ見つけたのです。おおむかし、まだ世界の地面は固まって居らず、海は流れて居らず、空気は透きとおって居らず、みんなまざり合って渾沌としていたころ、それでも太陽は毎朝のぼるので・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・わが神話 いんしゅう、いなばの小兎。毛をむしられて、海水に浸り、それを天日でかわかした。これは痛苦のはじまりである。 いんしゅう、いなばの小兎。淡水でからだを洗い、蒲の毛を敷きつめて、その中にふかふかと埋って寝た。これは・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・あわてて机の本立から引き出した本は、「ギリシャ神話」である。すなわち異教の神話である。ここに於いて次女のアアメンは、真赤なにせものであったという事は完全に説明される。この本は、彼女の空想の源泉であるという。空想力が枯渇すれば、この本をひらく・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ たとえば神話を取り扱った超人の世界の物語でも、それらの登場人格の仮面を一枚だけはいでみれば、実は普通の人間である。ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。たとえばスカンディナヴィアの神話・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・そうしてさらにまた山幸彦・海幸彦の神話で象徴されているような海陸生活の接触混合が大八州国の住民の対自然観を多彩にし豊富にしたことは疑いもないことである。 以上述べきたったような日本の自然の特異性またそれによって規約された日本人の日常生活・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫