・・・お狸様を祀ることはどういう因縁によったものか、父や母さえも知らないらしい。しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸の隅の棚にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭をともしている。 八 蘭 僕は時々狭い庭を歩き、父・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ あの、雪を束ねた白いものの、壇の上にひれ伏した、あわれな状は、月を祭る供物に似て、非ず、旱魃の鬼一口の犠牲である。 ヒイと声を揚げて弟子が二人、幕の内で、手放しにわっと泣いた。 赤ら顔の大入道の、首抜きの浴衣の尻を、七のずまで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・彦少名命を祀るともいうし、神功皇后と応神天皇とを合祀するともいうし、あるいは女体であるともいうが、左に右く紀州の加太の淡島神社の分祠で、裁縫その他の女芸一切、女の病を加護する神さまには違いない。だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・他からは多くは祇尼天を祭るとせられたが、山では勝軍地蔵を本宮とするとしていた。勝軍地蔵は日本製の地蔵で、身に甲冑を着け、軍馬に跨って、そして錫杖と宝珠とを持ち、後光輪を戴いているものである。如何にも日本武士的、鎌倉もしくは足利期的の仏である・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・祖先を祭るために生きていなければならないとか、人類の文化を完成させなければならないとか、そんなたいへんな倫理的な義務としてしか僕たちは今まで教えられていないのだ。なんの科学的な説明も与えられていないのだ。そんなら僕たちマイナスの人間は皆、死・・・ 太宰治 「葉」
・・・そして道ばたにマドンナを祭るらしい小祠はなんとなく地蔵様や馬頭観世音のような、しかしもう少し人間くさい優しみのある趣のものであった。西洋でもこんなものがあるかと思ってたのもしいような気もした。山腹から谷を見おろすと、緑の野にまっ白な道路が真・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・後日再び奥州から大軍の将として上洛する途上この宿に立寄り懇ろに母の霊を祭る、という物語を絵巻物十二巻に仕立てたものである。 絵巻物というものは現代の映画の先祖と見ることが出来る。これについては前にも書いたことがあったが、この山中常盤双紙・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・祈らるる神、祈らるる人は異なれど、祈る人の胸には神も人も同じ願の影法師に過ぎぬ。祭る聖母は恋う人の為め、人恋うは聖母に跪く為め。マリアとも云え、クララとも云え。ウィリアムの心の中に二つのものは宿らぬ。宿る余地あらばこの恋は嘘の恋じゃ。夢の続・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・例えば死者を祭るに供物を捧ぐるは生者の情なれども、其情如何に濃なるも亡き人をして飲食せしむることは叶わず。左れば生者が死者に対して情を尽すは言うまでもなく、懐旧の恨は天長地久も啻ならず、此恨綿々絶ゆる期なしと雖も、冥土人間既に処を殊にすれば・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ けれども、レオニード・グレゴリウィッチ、我々は、キリストを追放しつつレーニンの肖像を祭る。私にもマドンナがいる――マドンナ……ね、貴下は私の心がわかって下さる」 ジェルテルスキーは、自分にぴったり喰いついて熱心に光っているステパンの眼・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫