・・・ 私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快な戦慄を禁じることができなかった。 闇! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・はいかないのであり、リップスがいうように、そのような人格故に卑しむべしと評価することはもとより可能であり、その評価はたしかに人格価値の評価ではあるが、それは盗む鼠に対するのと同じ評価であり、彼にそれを禁じる動機が存しなかったからといって、彼・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・図書室などで喫煙を禁じるのは、喫煙家にとっては読書を禁じられると同等の効果を生じる。 先年胃をわずらった時に医者から煙草を止めた方がいいと云われた。「煙草も吸わないで生きていたってつまらないから止さない」と云ったら、「乱暴なことを云う男・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・私は子を失った親のために、また親を失った子のために何がなしに胸の柔らぐような満足の感じを禁じる事ができなかった。 三毛の頭にはこの親なし子のちびと自分の産んだ子との区別などはわかろうはずはなかった。そしてただ本能の命ずるがままに、全く自・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・蜂やいが栗や臼がかにの味方になって登場するのもやはり自然の方則に従って出て来るので、法律で蜂と栗と臼の登場を禁じると、今度はさそりやばらやたくあん石が飛び出して来るかもしれない。また、桃太郎が生まれなかったらそのかわりに栗から生まれた栗太郎・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・しかし権力はそういうことを禁じる。そういう要求によって、いろいろな行動をしたり発言したりする人を引張るし、その人たちを裁判する。もしこの浦和充子の裁判に当った判事、検事が御自身そのような場合に直面された場合に、大衆の要求として行動した人たち・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・南北戦争を機会としてイギリスが介入しようとしたが、それは国際法で侵略として禁じるところであった。 日本の人々の頭の上におしかぶさって来ていた戦争の危機に対する恐怖と神経緊張は、六月二十五日に破られたのだが、それとともに、世界平和に対して・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・けれども、それを発表することは、絶対に自分自身に禁じる。何故ならば、やがてもう一二年も立つと、今までの多くと同様ふまれるべきものとなってしまうことが、自分に分って居るからである。 自分の足の下にふまえるには残しい尊さが彼の中にはある。・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・お前、このことはしてはならねえことと自分で禁じるだよ。な、大人は損われた人達よ、あの人たちはもう神に滅ぼされた、だが、お前はまだそうじゃねえ――だから、子供の智慧で暮しな。誰がどんなにわるかろうと、それはお前のことじゃねえ」 この活々と・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・の父として、燦きのある暖い水のように豊富自由であり、相手を活かす愛情の能力をもち、而もそういう天賦の能力について殆どまとまった自意識を持たなかった程、天真爛漫であった自然の美しさについて、心から讚歎を禁じることの出来ないのは恐らく我々肉親の・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫