・・・しかしかゝる禽獣殺戮業の大家が三人も揃っている癖に、一羽もその日は鴨は獲れない。いや、鴨たると鵜たるを問わず品川沖におりている鳥は僕等の船を見るが早いか、忽ち一斉に飛び立ってしまう。桂月先生はこの鴨の獲れないのが大いに嬉しいと見えて、「えら・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ある者は、無名のはがきをよこして、妻を禽獣に比しました。ある者は、宅の黒塀へ学生以上の手腕を揮って、如何わしい画と文句とを書きました。そうして更に大胆なるある者は、私の庭内へ忍びこんで、妻と私とが夕飯を認めている所を、窺いに参りました。閣下・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・この間町じゅうで大評判をした、あの禽獣のような悪行を働いた罪人が、きょう法律の宣告に依って、社会の安寧のために処刑になるのを、見分しに行く市の名誉職十二人の随一たる己様だぞ。こう思うと、またある特殊の物、ある暗黒なる大威力が我身の内に宿って・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・なおかくの通りの旱魃、市内はもとより近郷隣国、ただ炎の中に悶えまする時、希有の大魚の躍りましたは、甘露、法雨やがて、禽獣草木に到るまでも、雨に蘇生りまする前表かとも存じまする。三宝の利益、四方の大慶。太夫様にお祝儀を申上げ、われらとても心祝・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・白痴となると、心の唖、聾、盲ですからほとんど禽獣に類しているのです。ともかく人の形をしているのですから全く感じがないわけではないが、普通の人と比べては十の一にも及びません。また不完全ながらも心の調子が整うていればまだしもですが、さらにいびつ・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・あなたが本当に烏の身の上を羨望しているのかどうか、よく調べてみるように、あたしは呉王廟の神様から内々に言いつけられていたのです。禽獣に化して真の幸福を感ずるような人間は、神に最も倦厭せられます。いちどは、こらしめのため、あなたを弓矢で傷つけ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・実際芭蕉は人間禽獣はもちろん山川草木あらゆる存在に熱烈な恋をしかけ、恋をしかけられた人である。芭蕉の句の中で単に景物を詠じたような句でありながら非常になまなましい官能的な実感のある句があるのは人の知るところであろう。これは彼の万象に対する感・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・草木禽獣、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもあります。そういうような意味の絵にはどうも欠乏し切っているのが文展である。これを逆にいうと、そういう絵を排斥しているのが文展である。こういう訳・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・歳月の間に其子供等は小学を勉強して不孝の子となり、女大学を暗誦して婬婦となり、儒教の家庭より禽獣を出したるこそ可笑しけれ。左れば男女交際は外面の儀式よりも正味の気品こそ大切なれ。女子の気品を高尚にして名を穢すことなからしめんとならば、何は扨・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この説あるいは然らん。禽獣なおその子を愛す、いわんや人類においてをや。天下の父母は必ずその子を愛してその上達を願うの至情あるべしといえども、今日世上一般の事跡に顕われたる実際を見れば、子を取扱うの無情なること鬼の如く蛇の如く、これを鬼父蛇母・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫