・・・僕はあの頃――屯の戦で負傷した時に、その何小二と云うやつも、やはり我軍の野戦病院へ収容されていたので、支那語の稽古かたがた二三度話しをした事があるのだ。頸に創があると云うのだから、十中八九あの男に違いない。何でも偵察か何かに出た所が我軍の騎・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・渡は袈裟を妻にしたい一心で、わざわざ歌の稽古までしたと云う事ではないか。己はあの生真面目な侍の作った恋歌を想像すると、知らず識らず微笑が唇に浮んで来る。しかしそれは何も、渡を嘲る微笑ではない。己はそうまでして、女に媚びるあの男をいじらしく思・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目で、西行法師――いや、大宅光国という背負方をして、樫であろう、手馴れて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古の棒をついている。とりなりの乱れた容・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・むかしものの物好で、稽古を積んだ巧者が居て、その人たち、言わば素人の催しであろうも知れない。狸穴近所には相応しい。が、私のいうのは流儀の事ではない。曲である。 この、茸―― 慌しいまでに、一樹が狂言を見ようとしたのも、他のどの番組で・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・僕は年の行かない娘が踊りのお稽古の行きや帰りにだだをこねる時のようすを連想しながら、「おぼえている物をやったらいいじゃないか?」「だッて」と、またからだを振ると同時に、左の手を天心の方に行かせて、しばらく言葉を切ったが、――「こんな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳はこのお師匠さんに弟子入りして清元の稽古を初めたが、家族にも秘密ならお師匠さんにも淡島屋の主人であるのを秘して、手代か職人であるような顔をして作さんと称していた。それから暫らく経って椿岳の娘が同じお師匠さんに入門すると、或時家内太夫は「・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・本人も得意であって「篆書だけは稽古したから大分上手になった、」と自任していた。私は今人の筆蹟なぞに特別の興味を持ってるのではないが、数年前に知人の筆蹟を集めて屏風を作ろうと思立った時、偶然或る処で鴎外に会ったので一枚書いてくれというと、また・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 聾になったように平気で、女はそれから一時間程の間、やはり二本の指を引金に掛けて引きながら射撃の稽古をした。一度打つたびに臭い煙が出て、胸が悪くなりそうなのを堪えて、そのくせそのを好きなででもあるように吸い込んだ。余り女が熱心なので、主・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・と、一人の子供がいうと、「稽古をしているのだよ。」と、他の一人の子供がいいました。「稽古でない、海の景色がいいから、見てうたっているのだよ。」「そうでない、ねえ、稽古だねえ。」 子供らはいろんなことをいって、議論をしましたが・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・なお校長の驥尾に附して、日本橋五丁目の裏長屋に住む浄瑠璃本写本師、毛利金助に稽古本を註文したりなどした。 お君は金助のひとり娘だった。金助は朝起きぬけから夜おそくまで背中をまるめてこつこつと浄瑠璃の文句を写しているだけが能の、古ぼけ・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫