・・・私の腹の中はいつも空っぽになります。そして、下の暖炉の中には紙くずが詰まります。どうか私のお願いをきいてください。いつまでも冬のつづきますように……。なるたけ、あなたは、おそく歩いてくださるように。」と、煙突は、太陽に、身の上話をした後で、・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・しかし自分が電車で巡り合った老子の虚無は円満具足を意味する虚無であって、空っぽの虚無とは全く別物であった。老子の無為は自覚的には無為であるが実は無意識の大なる有為であった。危険どころかこれほど安全な道はないであろう。充実したつもりで空虚な隙・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・そうしてそれらの挿図の説明はというとほとんど空っぽである。全く挿図のレビューである。そのうちの一つだけにして他は割愛して、その代りその一つをもう少し詳しく分かるように説明した方が本当の「物理」を教えるためには有効でありそうに思われる。それか・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・なんてわざと空っぽな大きな声を出すものもあるんだ。いいえどかれません、じゃ法令の通りボックシングをやりましょうとなるだろう、勝つことも負けることもある、けれども僕は卑怯は嫌いだからねえ、もしすきをねらって遁げたりするものがあってもそんなやつ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ はたしてデストゥパーゴは空っぽな声でどなりだしました。「黙れっ。きさまは決闘の法式も知らんな。」「よし。酒を呑まなけぁ物をいえないような、そんな卑怯なやつの相手は子どもでたくさんだ。おいファゼーロしっかりやれ。こんなやつは野原・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・一太は残りの納豆も買って貰った。一太は砂埃りを蹴立てるような元気でまた電車に乗り、家に帰った。一太は空っぽの竹籠を横腹へ押しつけたり、背中に廻してかついだりしつつ、往来を歩いた。どこへ廻しても空の納豆籠はぴょんぴょん弾んで一太の小さい体を突・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 戻って来る時、財布は、空っぽになっとってる様やったら、随分、何だろが。 あらいざらいの金を、お手っぱらいに出した後をどうするのだろうと云う懸念が、栄蔵の頭からはなれなかった。 けれ共、行かないわけには行かない。「お・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・掴んでいるのは空だ。空っぽの囲りで、堅い金具が猶もそのような恰好をしているのを見るのは厭な気持であった。 それで自分は前かけの紐にしてしまったのだ。 ふっと、由子は心の隅に、更にもう一つの紅い玉を思い泛べた。帯留の練物のような薄紅色・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・職業紹介所は空っぽですよ。 ――事務員は払底しているんです。 ニッケル大湯沸のクランクからバケツへ熱湯を注ぎながら皿洗女は云った。 ――臨時でもなんでも、こうして働ければ結構ですさ。働いていりゃ並木通りあるきをしないですむから…・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
中国の書簡箋というものには、いつもケイがある。けれどもなぜケイがあるかは知らなかった。白文体について作人が書いている文章が「魯迅伝」に引用されている。「古文を用いますと、空っぽで内容はなくとも、八行の書簡箋はいっぱいに埋め・・・ 宮本百合子 「書簡箋」
出典:青空文庫