・・・マントルも、――いや、空手でも助けて見せる。その時に後悔しないようにしろ。主人 困ったものだ、黒ん坊の王様に殺されなければ好いが、――三王城の庭。薔薇の花の中に噴水が上っている。始は誰もいない。しばらくの後、マントル・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・―― とうとう、彼は、空手で、命から/″\の思いをしながら帰った。二三日たって、若い労働者達が小麦俵を積み換えていると、俵の間から、帆前垂にくるんだザラメが出てきた。 彼等は笑いながら、その砂糖を分けてなめてしまった。杜氏もその相伴・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・みをしょってかけ出した人も、やがて往来が人一ぱいで動きがとれなくなり、仕方なしに荷をほうり出す、むりにせおってつきぬけようとした人も、その背中の荷物へ火の子がとんでもえついたりするので、つまりは同じく空手のまま、やっとくぐりぬけて来たという・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・それでないと、大将は王女をとりかえさないで空手でかえって来たばつに、きっとくびをきられるにきまっていました。 王さまは、王女のお婿さんがそういう立派な王子だったと聞くと、おおよろこびで、すぐにおともをつれて、王子のところへ出ていらっしゃ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・そのついでに演説をする――のではない演説のついでに玉津島だの紀三井寺などを見た訳でありますからこれらの故跡や名勝に対しても空手では参れません。御話をする題目はちゃんと東京表できめて参りました。 その題目は「現代日本の開化」と云うので、現・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ですから皆さんのお召しになっているようなもの、食べ物をつくるようなところはすべて空手ではできません。禅問答では片手の音を聞けといいますが、片手では音は出ません。それと同じようにみな機械がなければなりません、工場がなければなりません。彼らはそ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・三度に二度は、空手で出る。欲しい本がなかったか、私の小さい紫皮の財布に、電車の切符しか入っていなかったかの理由で。―― 然し心配はいらない。私は、一冊本が買えても買えなくても、多くの場合、同じように愉快であった。彼処に、あの煉瓦の建物の・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 海老屋へ行った禰宜様宮田は、きっとふんだんな御褒美にあずかって来るものだと思って、待ちに待っていたお石は、空手で呆然戻って来た彼を見ると、思わず、「とっさん、土産あ後からけえ?」と訊かずにはおられなかった。が、「馬鹿えこく・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・どっちも空手では還さぬ。お客さまがご窮屈でないように、お二人ずつ分けて進ぜる。賃銭はあとでつけた値段の割じゃ」こう言っておいて、大夫は客を顧みた。「さあ、お二人ずつあの舟へお乗りなされ。どれも西国への便船じゃ。舟足というものは、重過ぎては走・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫