・・・僕も実際初対面の時には、突兀たる氏の風采の中に、未醒山人と名乗るよりも、寧ろ未醒蛮民と号しそうな辺方瘴煙の気を感じたものである。が、その後氏に接して見ると、――接したと云う程接しもしないが、兎に角まあ接して見ると、肚の底は見かけよりも、遥に・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・ 山の南側は、太古の大地変の痕跡を示して、山骨を露出し、急峻な姿をしているのであるが、大垣から見れば、それほど突兀たる姿をしていないだろうという事は、たとえば陸地測量部の五万分一の地形図を見ても、判断する事ができる。大垣停車場から、伊吹・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
峰の茶屋から第一の鳥居をくぐってしばらくこんもりした落葉樹林のトンネルを登って行くと、やがて急に樹木がなくなって、天地が明るくなる。そうして右をふり仰ぐと突兀たる小浅間の熔岩塊が今にも頭上にくずれ落ちそうな絶壁をなしてそび・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 飛び石のそばに突兀としてそびえた楠の木のこずえに雨気を帯びた大きな星が一ついつもいつもかかっていたような気がするが、それも全くもう夢のような記憶である。そのころのそうした記憶と切っても切れないように結びついているわが父も母も妻も下女も・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・竹村君はこの空ら風の中を突兀として、忙しそうな往来の人を眺めて歩く。知らぬ人ばかりである。忙しい世間は竹村君には用はない。何かなしに神田で覘いてみた眼鏡の中の大通りを思い浮べて、異郷の巷を歩くような思いがする。高等学校の横を廻る時に振返って・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・西ニ芙蓉ヲ仰ゲバ突兀万仞。東ニ波山ヲ瞻レバ翠鬟拭フガ如シ。マタ宇内ノ絶観ナリ。先師慊叟カツテ予ニ語ツテ、吾京師及芳山ノ花ヲ歴覧シキ。然レドモ風趣ノ墨水ニ及ブモノナシト。洵ニ然リ。」云 江戸名家の文にして墨水桜花の美を賞したものは枚挙する・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・あるいは一種の関係に突兀と云う名を与え、あるいは他種の関係に飄逸と云う名を与えて、突兀的情操、飄逸的情操と云うのを作っても差支ない。分化作用が発達すれば自然とここへ来るにきまっています。西洋人の唱かようにして美的理想を自然物の関係で実現しよ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫