・・・腰から上をのめるように前に出して、両手をまたその前に突出して泳ぐような恰好をしながら歩こうとしたのですが、何しろひきがひどいので、足を上げることも前にやることも思うようには出来ません。私たちはまるで夢の中で怖い奴に追いかけられている時のよう・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・町はずれを、蒼空へ突出た、青い薬研の底かと見るのに、きらきらと眩い水銀を湛えたのは湖の尖端である。 あのあたり、あの空…… と思うのに――雲はなくて、蓮田、水田、畠を掛けて、むくむくと列を造る、あの雲の峰は、海から湧いて地平線上を押・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・杖の尖が、肩を抽いて、頭の上へ突出ている、うしろ向のその肩が、びくびくと、震え、震え、脊丈は三尺にも足りまい。小児だか、侏儒だか、小男だか。ただ船虫の影の拡ったほどのものが、靄に沁み出て、一段、一段と這上る。…… しょぼけ返って、蠢くた・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ その内に思案して、明して相談をして可いと思ったら、謂って見さっせえ、この皺面あ突出して成ることなら素ッ首は要らねえよ。 私あしみじみ可愛くってならねえわ。 それからの、ここに居る分にゃあうっかり外へ出めえよ、実は、」 と声・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・午後三時を過ぎて秋の日は暮れるに間もあるまいに、停車場の道には向わないで、かえって十二社の方へ靴の尖を廻らして、衝と杖を突出した。 しかもこの人は牛込南町辺に住居する法官である。去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ ト突出た廂に額を打たれ、忍返の釘に眼を刺され、赫と血とともに総身が熱く、たちまち、罪ある蛇になって、攀上る石段は、お七が火の見を駆上った思いがして、頭に映す太陽は、血の色して段に流れた。 宗吉はかくてまた明神の御手洗に、更に、氷に・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・お姑さんを貴方の手で、せめて部屋の外へ突出して、一人の小姑の髻を掴んで、一人の小姑の横ぞっぽうを、ぴしゃりと一つお打ちなさい。」と……人形使 そこだそこだ、その事だ。画家 ははは、痛快ですな。しかし穏でない。夫人 (激怒したるが・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・この大河内家の客座敷から横手に見える羽目板が目触りだというので、椿岳は工風をして廂を少し突出して、羽目板へ直接にパノラマ風に天人の画を描いた。椿岳独特の奇才はこういう処に発揮された。この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開けて、例の立退き請求の三百が、玄関の開いてた障子の間から、ぬうっと顔を突出した。「まあお入りなさい」彼は少し酒の気の廻っていた処なので、坐ったなり元気好く声をかけた。「否もうこゝで結構です・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と云って組合せた両の掌の隙を私達の鼻先に突出しました。螢がそのなかに美しい光を灯していました。「あそこで捕ったんだ」と聞きもしないのに説明しています。私と友は顔を見合せて変な笑顔になりました。やや遠離ってから私達はお互いに笑い合ったことです・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫