・・・城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出し巌に腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もて危うき崖も裂かれたれど。「否、彼とてもいかで初めより独り暮さんや。「妻は美しかりし。名を百合と呼び、大入島の生まれなり。人の噂をなかば偽・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・馬は、滑らないように下面に釘が突出している氷上蹄鉄で、凍った雪を蹴って進んだ。 大隊長は、ポケットに這入っている俸給について胸算用をしていた。――それはつい、昨日受け取ったばかりなのであった。 イワンは、さきに急行している中隊に追い・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・と相川は胸を突出して、「この二三年の変化は特に急激なんだろう。こういう世の中に成って来たんだ」「戦争の影響かしら」「無論それもある。それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・見ると池の真中に土手のようなものが突出していて、その端の小屋のようなものの中で何かしら機械が運転しているらしい。宿へ帰って聞いてみると、県から水電会社への課税のような意味で大正池の泥浚えをやらせているのだという。ほんの申訳にやっているのだと・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・一人の若者が団扇太鼓のようなものを叩いて相手の競争者の男の悪口を唄にして唄いながら思い切り顔を歪めて愚弄の表情をする、そうして唄の拍子に合わせて首を突出しては自分の額を相手の顔にぶっつける。悪口を云われる方では辛抱して罵詈の嵐を受け流してい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・銀座二丁目辺の東側に店があって、赤塗壁の軒の上に大きな天狗の面がその傍若無人の鼻を往来の上に突出していたように思う。松平氏は第二夫人以下第何十夫人までを包括する日本一の大家族の主人だというゴシップも聞いたが事実は知らない。とにかく今日のいわ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ちょっと恵比寿に似たようなところもあるが、鼻が烏天狗の嘴のように尖って突出している。柿の熟したような色をしたその顔が、さもさも喜びに堪えないといったように、心の笑みを絞り出した表情をしている。これが生きている人の本当の顔ならば、おそらく一分・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ それはとにかく、額に紅を塗ったり、歯を染めたり眉を落としたりするのは、入れ墨をしたり、わざわざ傷あとを作ったりあるいは耳たぶを引き延ばし、またくちびるを鳥のくちばしのように突出させたりする奇妙な習俗と程度こそ違え本質的には共通な原理に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・たとえば妙な紅炎が変にとがった太陽の縁に突出しているところなどは「離れ小島の椰子の木」とでも言いたかった。 科学の通俗化という事の奨励されるのは誠に結構な事であるが、こういうふうに堕落してまで通俗化されなければならないだろうかと思ってみ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫