・・・ そこは突き当りの硝子障子の外に、狭い中庭を透かせていた。中庭には太い冬青の樹が一本、手水鉢に臨んでいるだけだった。麻の掻巻をかけたお律は氷嚢を頭に載せたまま、あちら向きにじっと横になっていた。そのまた枕もとには看護婦が一人、膝の上にひ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・水はただ突当りの橋の下へまっ直に一すじつづいている。「イタリヤのベニスの風景でございます。」 三十年後の保吉にヴェネチアの魅力を教えたのはダンヌンチオの小説である。けれども当時の保吉はこの家々だの水路だのにただたよりのない寂しさを感・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ここに、突当りに切組んで、二段ばかり目に映る階段を望んで次第に上層を思うと、峰のごとく遥に高い。 気が違わぬから、声を出して人は呼ばれず、たすけを、人を、水をあこがれ求むる、瞳ばかりみはったが、すぐ、それさえも茫となる。 その目に、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・この柳の通筋を突当りに、真蒼な山がある。それへ向って二町ばかり、城の大手を右に見て、左へ折れた、屋並の揃った町の中ほどに、きちんとして暮しているはず。 その男を訪ねるに仔細はないが、訪ねて行くのに、十年越の思出がある、……まあ、もう少し・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ その右側の露路の突当りの家で。…… ――死のうとした日の朝――宗吉は、年紀上の渠の友達に、顔を剃ってもらった。……その夜、明神の境内で、アワヤ咽喉に擬したのはその剃刀であるが。(ちょっと順序を附 宗吉は学資もなしに、無鉄砲・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 忘れもしない、限界のその突当りが、昨夜まで、我あればこそ、電燭のさながら水晶宮のごとく輝いた劇場であった。 ああ、一翳の雲もないのに、緑紫紅の旗の影が、ぱっと空を蔽うまで、花やかに目に飜った、と見ると颯と近づいて、眉に近い樹々の枝・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……橋がかり、一方が洗面所、突当りが湯殿……ハテナとぎょッとするまで気がついたのは、その点れて来る提灯を、座敷へ振り返らずに、逆に窓から庭の方に乗り出しつつ見ていることであった。 トタンに消えた。――頭からゾッとして、首筋を硬く振り向く・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・なぜ雁次郎横町というのか判らないが、突当りに地蔵さんが祀ってあり、金ぷら屋や寿司屋など食物屋がごちゃごちゃとある中に、格子のはまった小さなしもた家――それが父の家でした。父はもう七十五歳、もう落語もすたっていたのと、自分も語れなくなっていて・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そして、博奕打ちに特有の商人コートに草履ばきという服装の男を見ると、いきなりドンと突き当り、相手が彼の痩せた体をなめて掛ってくると、鼻血が出るまで撲り合った。 ある日、そんな喧嘩のとき胸を突かれて、げッと血を吐いた。新聞社にいたころから・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ はいろうとした途端、中から出て来た一人の男がどすんと豹吉に突き当りざまに豹吉の上衣のかくしへ手を入れようとした。「間抜けめ!」 低いが、豹吉の声は鋭かった。 男はあっと自分の手首を押えた。血が流れていたのだ。 鋭利な刃・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫