・・・ 杉の生垣をめぐると突き当たりの煉塀の上に百日紅が碧の空に映じていて、壁はほとんど蔦で埋もれている。その横に門がある。樫、梅、橙などの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には棕櫚の二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・道悪を七八丁飯田町の河岸のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺の棟の低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。 たどり着いて、それでも思い切って、「弁公、家か。」「たれだい。」と内からすぐ返事がした。「文公だ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・石垣に近い縁側の突き当たりは、壁によせて末子の小さい風琴も置いてあるところで、その上には時々の用事なぞを書きつける黒板も掛けてある。そこは私たちが古い籐椅子を置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その突当りには、養生園の部屋の方で見つけたよりもっと深い窓があった。「俺はこんなところへ来るような病人とは違うぞい。どうして俺をこんなところへ入れたか」「さあ、俺にも分らん」 おげんの中に居る二人の人は窓の側でこんな話を始めた。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・私は、それをたどって行き、家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念に突き当り、そうして、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。 曰く、家庭の幸福は諸悪の本。 太宰治 「家庭の幸福」
・・・廊下の突き当りに、お客用のお便所がある事は私も知ってはいたのだが、長兄の留守に、勝手に家の中を知った振りしてのこのこ歩き廻るのは、よくない事だと思ったので、ちょっと英治さんに尋ねたのだが、英治さんは私を、きざな奴だと思ったかも知れない。私は・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・キヌ子の部屋は、階段をのぼってすぐ突当りにあった。 ノックする。「だれ?」 中から、れいの鴉声。 ドアをあけて、田島はおどろき、立ちすくむ。 乱雑。悪臭。 ああ、荒涼。四畳半。その畳の表は真黒く光り、波の如く高低があ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 帆も楫も無い丸木舟が一艘するすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、飄然と自行して漢水を下り、長江を溯り、洞庭を横切り、魚容の故郷ちかくの漁村の岸畔に突き当り、魚容が上陸すると無人の小舟は、またするすると自ら引返・・・ 太宰治 「竹青」
・・・貸夜具屋が病院からの電話で持込むところと想定してみる。突当りを右へ廻れば病院の門である。しかし車は突当りまで行って止った。そこの曲り角の処で荷物をほごしている。曲り角には家はないはずである。分からない。どう考えてもこの蒲団の行方は分からない・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・その頃には電車通からも横町の突当りに立っていた楼門が見えた。この寺の墓地と六間堀の裏河岸との間に、平家建の長屋が秩序なく建てられていて、でこぼこした歩きにくい路地が縦横に通じていた。長屋の人たちはこの処を大久保長屋、また湯灌場大久保と呼び、・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫