・・・マストの上には銀河がぎらぎらと凄いように冴えて、立体的な光の帯が船をはすかいに流れている。しばらく船室に引込んでいて再び甲板へ出ると、意外にもひどい雨が右舷から面も向けられないように吹き付けている。寒暖二様の空気と海水の相戦うこの辺の海上で・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・この考えをだんだんに推し広げて行くと自然に立体派や未来派などの主張や理論に落ちて行くのではあるまいか。 仕上がるという事のない自然の対象を捕えて絵を仕上げるという事ができるとすれば、そこには何か手品の種がある。いったい顔ばかりでなく、静・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・そういう場合には、眼前の数首の歌で一つの面を作っているとすると、その面の上にも下にもいくつもの面が限りもなく層状に重畳していて、つまり一つの立体的の世界がある、その世界の一つの断面がくっきり描かれているような気がします。それである一つの歌と・・・ 寺田寅彦 「書簡(2[#「2」はローマ数字2、1-13-22])」
・・・しかし今に航空がもっともっと発達して、空中の各層に縦横の航空路が交錯するようになればもはや平面的な図では間に合わなくなって立体的なあるいは少なくも立体的に代用される特殊な地図が必要になるかもしれない。 空中ばかりでなく人間の交通範囲は地・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・そうかと思うと一方で立体派や未来派のような舶来の不合理をそのままに鵜呑みにして有難がって模倣しているような不見識な人の多い中に、このような自分の腹から自然に出た些細な不合理はむしろ一服の清涼剤として珍重すべきもののような感がある。 鳥の・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そういう事を頭においてだんだんに上記のいろいろの弦楽器の名前をローマ字書きに直して平面的あるいは立体的に並列させてみるとこれらはほとんど連続的な一つの系列を作る。これはたぶん偶然であるかもしれない。しかし万一そうでないかもしれない。かりに偶・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
一 ぼんやり薄曇っていた庭の風景が、雲の工合で俄に立体的になった。近くの暗い要垣、やや遠いポプラー、その奥の竹。遠近をもって物象の塊が感じられ、目新しい絵画的な景色になった。ポプラーの幹が何と黒々・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・だが残念なことに、経済的な理由、肉体的な理由をひっくるめての複雑多岐な男との交渉をもその一部としてもちながら、女の全生活は立体的に成り立つものであるという理解を、作者は葉子の生き方とその悲劇を語る広い背景として頭に置いていないように見える。・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・したがって字面をおしみなく並べてスラスラ読み流させる傾向であり、描写は立体的でなく叙述的である。文章に調子がつくと作者はよみ下し易い美文めいたリズムにのるのである。たとえば「絶望があった。断崖に面した時のような絶望が。憤激があった。押えても・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・随分賑やかなのに、何故がらんとして立体的でないのだろう。地下室の酒場らしい濃厚な陰翳がなさすぎる。周囲の高い壁がさっぱりしすぎている。声と姿ばかり。真実に心から溶けた雰囲気がない。 あれ程大勢の男や女を舞台に出したのは、勿論、彼等によっ・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫