・・・そうして今、己の最初に出した疑問へ立ち戻ると、――いや、己が袈裟を愛しているかどうかなどと云う事は、いくら己自身に対してでも、今更改めて問う必要はない。己はむしろ、時にはあの女に憎しみさえも感じている。殊に万事が完ってから、泣き伏しているあ・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・だが、すぐ別のことから、同じ問題へ立ち戻る。 親たちの日常生活は勤労階級の生活でなく、母親は若い頃からの文学的欲求や生来の情熱を、自分独特の型で、些か金が出来るにつれ、その重みも加えて突張って暮して来た。社会の実際とは遠くあった。弘道会・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・文学は生活感へいつも立ち戻るところがあるけれども、音楽や絵は一定の技術上の習練がいる為に、そこに足をとられて女の人などは殊に危っかしくなり勝ちですね。 この頃私は人々の向上心というものについて興味ある観察をしていますが、 富雄さんの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そればかりでなく、時代の複雑な相貌の必然から、リアリズムは再びもとの自然主義後のリアリズムの古巣へ立ち戻ることも不可能である。その古き巣は時代の広汎な現実を包みかねるのである。リアリズムは謂わばこの時期に於て路頭に迷い出した。今日に引き続く・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこぼしながら故郷に立ち戻るものじゃと昔からきまって居る。 又わしはどんなにもつれた糸でも手際良くほごす力を授かって居るでの。老人 いかな力がござってもわたくしは臆病のさせる事かもし・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・或る意企をもって、私達は再び、同時代人によってバルザックに加えられた非難と焦点をなしたこの大作家の雄大な卑俗さと、彼の文章についての難点に立ち戻るのである。「従妹ベット」を、先ず開こう。これは一八四六年、バルザック四十七歳の成熟期に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫