・・・少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。勿論その時は、万一自分が殺されるかも知れないなどと云うことは、誰の頭にもはいって来な・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 舳櫓の船子は海上鎮護の神の御声に気を奮い、やにわに艪をば立直して、曳々声を揚げて盪しければ、船は難無く風波を凌ぎて、今は我物なり、大権現の冥護はあるぞ、と船子はたちまち力を得て、ここを先途と漕げども、盪せども、ますます暴るる浪の勢に、・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・何とか自分の生活を立て直し、適当な内助者を得て、今よりも自然に静かな晩年に達したいと思うからです。 この手紙はおまえばかりでなく、鶏ちゃんにも柳ちゃんにも読んでもらうつもりで書きました。いずれ蓊ちゃんにもこのことを報告しましょう。一体な・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・しかしそれは単に原子電子の世界に関する事ばかりでなく、これらの原子電子から構成されているすべての世界における因果関係に対する考え方の立て直しを啓示するように見える。 いかに現在の計測を精鋭にゆきわたらせることができたとしても、過去と・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・小吉も怒ってすぐそれを引っこ抜いて田の中に投げてしまおうとしましたが俄かに何を考えたのかにやりと笑ってそれを路のまん中に立て直しました。 そして又ひとりでぷんぷんぷんぷん言いながら二つの低い丘を越えて自分の家に帰り、おみやげを待っていた・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 私たちは、今日の日本の立て直しと、自分たちの生活改善の実際の必要に立って、その立場から政党を選んでゆくのが、一番正しいと知っております。 例えば、今私たちの目の前に河があります。流れは急で、一人一人ではとても歩いて渡れません。うし・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・は書き改められる、材料が惜しいと宇野氏が評しているが、書き改めるということの核心は、作者が現実と自分との角度をしゃんと明瞭にして姿勢を立て直し、改めてかかる、ということと同義なのである。 この作品評で、宇野氏が生態の描写ということをよく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ しかし、A子さん、A子さんの親、Y氏、それぞれが真面目にA子さんの新しい生活の立て直しについて考え、その実現をのぞむのなら、H家、A家、A子さん、Y氏みんなが集って、最も妥当な方法でH氏の母親の身の処置について協議すべきです。 嫁・・・ 宮本百合子 「三つのばあい・未亡人はどう生きたらいいか」
・・・軍需産業補償金があるならば、その金こそ、戦死者未亡人その家族の生計保償のために、戦災者の生計立て直しのために、公明正大に支弁されるべきだと思うのは、誤った考えであるだろうか。 今日、日本には五百八十三万人の失業者があると、モラトリアム公・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・そして、妻が反対したのに拘らず、彼は妻の実家を立て直して翌年死んだ。以後勘次の家は何事につけても秋三の家の上に立った。で、何物にも屈伏することを好まない青年の自尊心を感じることの出来る者達程、此の日の二人の乱闘の原因も、所詮酒の上の、「箸で・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫