・・・ 油地獄にも、ならずものの与兵衛とかいう若い男が、ふとしたはずみで女を、むごたらしく殺してしまって、その場に茫然立ちつくしていると、季節は、ちょうど五月、まちは端午の節句で、その家の軒端の幟が、ばたばたばたばたと、烈風にはためいている音・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・――妙なことには、馬場はなかなか暦に敏感らしく、きょうは、かのえさる、仏滅だと言ってしょげかえっているかと思うと、きょうは端午だ、やみまつり、などと私にはよく意味のわからぬようなことまでぶつぶつ呟いていたりする有様で、その日も、私が上野公園・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ 府中から百草園に行くのも面白い。玉川鉄道で二子に行って若鮎を食うのも興がある。国府台に行って、利根を渡って、東郊をそぞろあるきするのも好い。 端午の節句――要垣の赤い新芽の出た細い巷路を行くと、ハタハタと五月鯉の風に動く音がする。・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・メーデーには棍棒隊をくり出させて、端午は日本の男の節句と他方を向いて色刷写真を輸出させる日本の権力を恥多いものと感じない労働者があるだろうか。ことしの三月八日こそは、日本の人民にとって特別意義がふかい。日本と世界の平和確保のための全面講和を・・・ 宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
・・・そういう、日本の面と、能や端午の節句や桜花爛漫を撮影している国際文化振興会などの、日本紹介映画との間に、どういう血が通っているか。否、普通日本人と呼ばれている多数のものの平凡で苦労の多い実生活の裡にこの二面はどんな形で、どんな有機性で渾然と・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・例年簷に葺く端午の菖蒲も摘まず、ましてや初幟の祝をする子のある家も、その子の生まれたことを忘れたようにして、静まり返っている。 殉死にはいつどうしてきまったともなく、自然に掟が出来ている。どれほど殿様を大切に思えばといって、誰でも勝手に・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫