・・・裏庭と畑とは木戸と竹垣で仕切られている。 その時分、うちは樹木が多く、鄙びていた。客間の庭には松や梅、美しい馬酔木、榧、木賊など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・風のきつい日に、莢の実が梢の高いところでなる音をきいたりした。竹垣が低くその下をめぐっていて、赤い細い虫の湧くおはぐろどぶがあった。うちの垣根は表も裏もからたちの生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。 裏通りは藤堂さんの森・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・空の雲を水の面にうつして流れている水は町へ入ったそのあたりから左右を石崖にたたまれ、その崖上の藪かげ、竹垣の下をどこへか行っていた。わたしたち子供は、田圃のなかから川について町へ出て来るから、いつも流れをさかのぼっていたわけだった。不忍池か・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ と叫ぶ声がして、バリバリ竹垣を踏破る音が起った。母は、さっと廻転椅子を立ち上るなり、物をも云わず庭に向ってまだ開け放されていた椽側の雨戸をしめた。宵の八時頃であったろうか。 書簡註。キャップ、アンド、ガウンの大学生が・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 牧田の牛は、この地蔵たちの前を通りぬけ、井戸からすこし先の竹垣のこわれから、よくみることが出来るのだった。 寺の方がすこし高みになっていて、牛のいる牧場はかなり下に見おろせた。今思えばいかにも市中の牧場らしく、ただ平地に柵をめぐら・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 日曜を一日、孝ちゃんの助手で作りあげた小屋には戸も何にもなくって、止り木と、床の張ってある丁度蓋のない石油箱の様なものでその三方を人間のくぐれそうな竹垣が取り巻いてある許りだった。 猫や犬の居ない国に行った様な、何ぼ何でもあんまり・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・腰を塵を取る様にパタパタと叩き三つ四つ頭をさげて土間の女中にまで何か云って庭の入口の竹垣に引っかけて置いた、裾の切れた、ボタンもない黒ラシャの茶色になった外套のお化けの様なものをバアッとはおって素頭でテクテクと歩いて行く。 中高な門内の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ これも貰いもののハンティングのつばを、一寸ひき下げるようにして、重吉は無言のまま大股に竹垣の角をまわって見えなくなって行った。ひろ子は、暫くそこに佇んだまま、むかごの葉がゆれている竹垣の角を眺めていた。重吉は、口をきかずに出て行った。・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・東は竹垣でそちらからの日光はよくさすが南側はいきなり前の家の羽目になっているから、狭い空地の半分以上はその蔭に入ってしまう都合になる。従妹がパンジーをいじっている座敷の縁側から畳三尺ほど春日はうららかに照っているが、庭の南側の端れには、八つ・・・ 宮本百合子 「昔を今に」
・・・ 森さんの旧邸は今元の裏が表口になっていて、古めかしい四角なランプを入れた時代のように四角い門燈が立っている竹垣の中にアトリエが見えて、竹垣の外には団子坂を登って一息入れる人夫のために公共水飲場がある。傍にバスの停留場がある。ある日、私・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
出典:青空文庫