・・・黒き衣の陰に大鎌は閃きて世を嘲り見すかしたる様にうち笑む死の影は長き衣を引きて足音はなし只あやしき空気の震動は重苦しく迫りて塵は働きを止めかたずのみて 其の成り行きを見守る。大鎌の奇怪なる角・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・ 美くしく優しく長しなえにもだして横わる小さい姿の―― おお私のたった一人の――たった一人の私の妹よ―― 糸蝋はみやびやかに打ち笑む。 古金襴の袋刀は黒髪の枕上に小さく美くしい魂を守ってまたたく。・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ しかしにぶい日光がその葉の上にただよった時葉の縁には細い細いしかしながらまばゆいばかりの金線が出来てつつましく輝きながら打ち笑む様を見た時に、―――― やがて見て居るうちにはわけのわからない涙がにみじ出して心の中には只嬉しさと謙譲・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・荒れし地を耕す鍬の手を止めて 汽車の煙りを見守れる男田舎道乗合馬車の砂煙り たちつゝ行けば黄の霞み立つ赤土に切りたほされし杉の木の 静かにふして淡く打ち笑む白々と小石のみなる河床に・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫