・・・ 私はむかむかッとして来た、筆蹟くらいで、人間の値打ちがわかってたまるものか、近頃の女はなぜこんな風に、なにかと言えば教養だとか、筆蹟だとか、知性だとか、月並みな符号を使って人を批評したがるのかと、うんざりした。「奥さんは字がお上手・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「今日出る前に上に並んだ炭に一々符号を附けて置いたので御座います。それがどうでしょう、今見ると符号を附けた佐倉が四個そっくり無くなっているので御座います。そして土竈は大きなのを二個上に出して符号を附けて置いたらそれも無いのです」「ま・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目な顔で喋っていた。黄色い、歯糞のついた歯が、凋れた唇の間からのぞき、口臭が、喇叭状に拡がって、こっちの鼻にまで這入ってきた。彼は、息・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・のO鉱山にもストライキが勃発した。 その頃から、資本家は、労働者を、牛のように、「ボ」とか、「アセ」「ヒカエ」の符号で怒鳴りつける訳にゃ行かなくなった。 M――も、O鉱山、S鉱山、J鉱山では、昔通りのべラ棒なソロバンが取れなくなって・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・私は、まのわるい思いがして、なんの符号であろうか客車の横腹へしろいペンキで小さく書かれてあるスハフ 134273 という文字のあたりをこつこつと洋傘の柄でたたいたものだ。 テツさんと妻は天候について二言三言話し合った。その対話がすんで了・・・ 太宰治 「列車」
・・・あるいは自然界の雑多な音響を真似てそれをもってその発音源を代表させる符号として使ったり、あるいはある動作に伴う努力の結果として自然に発する音声をもってその動作を代表させた事もあろう。いずれにしても、こういう風にしてある定まった声が「言葉」と・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・ 数学も実はやはり一種の語学のようなものである、いろいろなベグリッフがいろいろな記号符号で表わされ、それが一種の文法に従って配列されると、それが数理の国の人々の話す文句となり、つづる文章となる。もちろん、その言語の内容は、われわれ日常の・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・時間の下に付した符号は乗客の多少を示すもので、これはほんの見当だけのものである。○はいわゆる普通の満員、△は座席はほぼ満員だがつり皮は大部分すいている程度、×は空席の多いいわゆるガラアキのものである。◎は極端な満員、××は二三人ぐらいしかい・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・の全部はtの符号に含まれていない。 ニュートンの考えたような、現象に無関係な「絶対的の時」はマッハによって批評されたのみならず、輓近相対性原理の研究と共にさらに多くの変更を余儀なくされた。この原理の発展以来「時」の観念はよほど進化して来・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・彼の知人名簿には十年も前に死んだ人の宿所がそのままに残っていて、何の符号も付いていない。また同じ人の名が色々な住所と結合してぱらぱらに散在しているので、どれが現住所であるか、当人でさえ時々間違えることがありそうである。年賀はがきを大切にしま・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
出典:青空文庫