・・・理窟は凡に立到り、そしてその反抗を起した場合に、その反抗が自分の反省の第一歩であるという事を忘れている事が、往々にして有るものである。言い古した言い方に従えば、建設の為の破壊であるという事を忘れて、破壊の為に破壊している事があるものである。・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・おなじ廓へ、第一歩、三人のつまさきが六つ入交った時である。 落葉のそよぐほどの、跫音もなしに、曲尺の角を、この工場から住居へ続くらしい、細長い、暗い土間から、白髪がすくすくと生えた、八十を越えよう、目口も褐漆に干からびた、脊の低い、小さ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・通帳を贈れば、秋山君は救ったものが救われるとはこのことだと感激の涙にむせびながら、その通帳を更生記念として発奮を誓ったが、かくて“人生紙芝居”の大詰がめでたく幕を閉じたこの機会にふたたび“人生双六”の第一歩を踏みだしてはどうかと進言したのが・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・という根本的な方針が、既に、一年前に確立され、質的飛躍の第一歩がふみだされているとき、工場労働者とはちがった特殊な生活条件、地理環境、習慣、保守性等を持った農民、そして、それらのいろいろな条件に支配される農民の欲求や感情や、感覚などを、プロ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・かつて、排除と反抗は作家修行の第一歩であった。きびしい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそあこがれた。そうして、芸術は枯れてしまった。サンボリスムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。ばかどもは、この神棚の下で殉死した。私もまた、おくれ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・十年ほど前に、北海道へ渡った事があったけれど、上陸第一歩から興奮した。土の踏み心地が、まるっきり違うのである。土の根が、ばかに大きい感じがした。内地の、土と、その地下構造に於いて全然別種のものだと思った。必ずや大陸の続きであろうと断定した。・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・任地に着きました。 大いなる文学のために、 死んで下さい。 自分も死にます、 この戦争のために。 ふたたび、ここに三田君のお便りを書き写してみる。任地に第一歩を印した時から、すでに死ぬる覚悟をしておられたらしい。自己のた・・・ 太宰治 「散華」
・・・きのうあたり、あの娘の手許にとどいている筈ですが、僕はその手紙に、そもそものはじめから、つまり、僕たちのれいの悪計の事から、全部あらいざらい書いて送ってやったのです。第一歩から、この恋愛は、ふまじめなものだった。うらむなら、先生を恨め、と。・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ こういう事を完全に仕遂げる事はなかなか容易な事ではないが、そういう方向への第一歩として、私は試みに次のような事を考えてみた。 先ず従来の例にならって母音をイエアオウの順に並べる。そしてイからウに至る間に唇は順に前方に突き出て行くも・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・その中から何を発見してつまみ上げるかが第一歩の問題であり、第二は表現法の選み方である。映画芸術家の場合でも全く同様であって、一つの映画の価値を決定するものは全く、フィルミッシな素材とそれのフィルミッシな表現法の選択であると言ってよい。「貧し・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫