・・・ 私たちが小さかった頃の読物は巖谷小波が筆頭で、どれもみな架空の昔風なお伽話であった。さもなければ、継母、継子の悲惨な物語か曾我兄弟のような歴史からの読物である。普通の子供が毎日経験している日常生活そのものを題材としてとりあげて、その中・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・プロレタリア文学が、方針に於て或る時期機械的な政治の優位を認めたと云って、文学を死滅さすものだと非難した人を顧ればその筆頭は林房雄氏であった。同じ人が僅か四五年の後に進んで現行勢力の下位に文学を置こうとすることは理解に困難である。 室生・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・黒須千太郎や平尾を筆頭とするその教師らのように、社会の排泄物的存在ではないのだから。二つを、並べて問題にするのは幼稚である、と。 私は、二つのタイプがそれぞれに異ったものであるということに反対しようとはしない。同じ浮浪児・指導者にさえ歴・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・を伴う現実批判の衰退は随筆の流行をも招来した。内田百間の「百鬼園随筆」を筆頭として諸家の随筆が売り出されたが、これは寧ろ当時の文学の衰弱的徴候として後代は着目する性質のものなのである。 三 以上のような諸現・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ドン・バスの方はその前年全ソヴェト同盟のみならず世界の注目をひいたドイツ技師を筆頭とする国際的生産破壊計画事件が発覚したばかりであった。自分たちがモスクワへ着いたのはその年の十二月。革命十周年祝祭の歓びの亢奮とドン・バス事件に対する大衆の憤・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・このことは、市場としてのジャーナリズムの上をほとんど独占しているかのように見える、直木三十五などを筆頭とする大衆文学と陸軍新聞班を中心として三上於菟吉などがふりまくファッシズム文学とに対抗してあげられたブルジョア純文学作家たちの気勢であった・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・大家連が筆頭で小品風なものを、小品風な筆致で描いて、その範囲での貫録を示すかのように新進の画家たちとは別にまとめて一室に飾られてある。 私は絵として心を打たれるものを見出すことは出来なかったが、その絵の大小によって云わず語らずのうちに示・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・その死亡率を半減された兵士たちの心からなる喜びの眼に彼女が天使に見えたのは自然だった。 けれども、この雄々しい活動の人を夜鶯め! と罵る人間もいた。その筆頭はスクータリー病院の院長ホール博士と連隊長連であった。女と戦争と何の関係があ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ 昔、西園寺公が夏目漱石を筆頭に、文壇的名士を招待したことがあった。その時、漱石は、句は忘れたが、折角ほととぎすが鳴いているが、惜や自分は厠の中で出るに出られぬという意味の一首を送って、欠席したという話がある。その時、漱石は仕事がひどく・・・ 宮本百合子 「文壇はどうなる」
・・・治安維持法が改悪されて日本の民主的なすべての理性、合理的な平和を愛するすべての人の心を踏みにじってしまったのは治安維持法の仕事でその実行者である検事局、憲兵のために働いた安倍源基を筆頭とするその部下です。ですから安倍源基の出世物語というもの・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
出典:青空文庫