・・・どころか店びらきの日、筋向いにも果物屋があるとて、「西瓜屋の向いに西瓜屋が出来て、西瓜同志の差し向い」と淡海節の文句を言い出すほどの上機嫌だった。向い側の果物屋は、店の半分が氷店になっているのが強味で氷かけ西瓜で客を呼んだから、自然、蝶子た・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ ハナヤはもと千日前の弥生座の筋向いにあった店だが、焼けてしまったので、この場所へ新らしくバラックを建てたらしかった。 バラックだが、安っぽい荒削の木材の生なましさや、俗々しいペンキ塗り立ての感じはなく、この界隈では垢抜けした装飾の・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 同じ食卓にいた人々は大抵最初の最大主要動で吾勝ちに立上がって出口の方へ駆出して行ったが、自分等の筋向いにいた中年の夫婦はその時はまだ立たなかった。しかもその夫人がビフテキを食っていたのが、少なくも見たところ平然と肉片を口に運んでいたの・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 大音寺は昭和の今日でも、お酉様の鳥居と筋向いになって、もとの処に仮普請の堂を留めているが、しかし周囲の光景があまりに甚しく変ってしまったので、これを尋ねて見ても、同じ場処ではないような気がするほどである。明治三十年頃、わたくしが『たけ・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・わたくしはこの湫路の傍に芭蕉庵の址は神社となって保存せられ、柾木稲荷の祠はその筋向いに新しい石の華表をそびやかしているのを見て、東京の生活はいかにいそがしくなっても、まだまだ伝統的な好事家の跡を絶つまでには至らないのかと、むしろ意外な思いを・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫