・・・お膳にも、筋子だの納豆だのついていて、宿屋の料理ではなかった。嘉七には居心地よかった。老妻が歯痛をわずらい、見かねて嘉七が、アスピリンを与えたところ、ききすぎて、てもなくとろとろ眠りこんでしまって、ふだんから老妻を可愛がっている主人は、心配・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・樹木の幹の、でこぼこしているのを見ても、ぞっとして全身むず痒くなります。筋子なぞを、平気でたべる人の気が知れない。牡蠣の貝殻。かぼちゃの皮。砂利道。虫食った葉。とさか。胡麻。絞り染。蛸の脚。茶殻。蝦。蜂の巣。苺。蟻。蓮の実。蠅。うろこ。みん・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・私は、筋子に味の素の雪きらきら降らせ、納豆に、青のり、と、からし、添えて在れば、他には何も不足なかった。人を悪しざまにののしったのは、誰であったか。閨の審判を、どんなにきびしく排撃しても、しすぎることはない、と、とうとう私に確信させてしまっ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・その時、あなたのお弁当のおかずは卵焼きと金平牛蒡で、私の持って来たお弁当のおかずは、筋子の粕漬と、玉葱の煮たのでした。あなたは、私の粕漬の筋子を食べたいと言って、私に卵焼きと金平牛蒡をよこして、そうして私の筋子と玉葱の煮たのを、あなたが食べ・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫