・・・これまでは親兄弟に対してよく筋道の立ってたお前、このくらいの道理の聞き判らないお前ではなかったに、どうもおれには不思議でなんねい。おれはよんべちっとも寝なかった」 こう言って父も思い迫ったごとく眼に涙を浮かべた。母はとうから涙を拭うてい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、僕の胸に身を投げて来た吉弥をつき払い、僕はつッ立ちあがり、「おッ母さんにそう言ってもらおう、僕も男だから、おッ母さんに約束したことは、お前の方で筋道さえ踏んで来りゃア、必らず実行する。しかしお前の身の腐れはお前の魂から入れ変えなけりゃア・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容易に弁識し難い個処がある。総じて複雑した脚色は当の作者自身といえども・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・山崎のお母さんというのは相当教育のある人で、息子たちのしている事を、気持からばかりでなしに、ちアんとした筋道を通しても知っていた。「息子が正しい理窟から死んでも自分の仕事をやめないと分ったら、親がその仕事の邪魔をするのが間違で――どうしても・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・彼はそういう女がいろいろゆがんだ筋道を通ってゆきがちなのを知っていた。その考えが少しでも好意を感じている恵子に来たとき、「ちょっと」平気でおれなかった。この平気でおれない「関心」が、龍介の恵子に対する気持を知らない間に強めていった。しかし一・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・(と検事は芸術家に椅子を薦奥さんのおっしゃる事は、ちっとも筋道がとおりませんので、私ども困って居ります。一体、どういう原因に拠る決闘だか、あなたは、ご存じなんですね。 ――存じません。 ――私の言いかたが下手だったのかしら。失礼いた・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多少でも不利なような事があったとしても、彼の物理学者としてのえらさにはそのために少しの疵もつかないだろうという事は、彼の仕事の筋道を一通りでも見て通った人の等しく承認しなければならない事で・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・多くの映画は一通りは論理的につながったストーリーの筋道をもっているのに、連句歌仙の三十六句はなんらそうした筋をもたないのである。しかも映画でもたとえば「ベルリン」のごときは全体としてなんらの物語を示さない。マン・レイの「海翻車」もなんらの事・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 四 その夜の真心 前説と同様な意味で、この映画はたとえ何十回競馬を見物に行っても味わうことの六かしいと思われる競馬というスポーツの最高度のスリルを味わわせる映画で、すべての物語の筋道などは、ただこのクライマックスの競馬・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・ 連句には普通の言葉で言い現わせるような筋は通っていないが、音楽的にちゃんと筋道が通っており、三十六句は渾然たる楽章を成している。そういう意味での筋の通った連句的な映画を見せてくれる人はないものかと思うのである。 パラマウント・ニュ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫