・・・小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させた後、箱根方面へ逸走した。小田原署はそのために非常動員を行い、全町に亘る警戒線を布いた。すると午後四時半ご・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・停車場前の茶店も馴染と見えて、そこで、私のも一所に荷を預けて、それから出掛けたんですが――これがずッとそれ、昔の東海道、箱根のお関所を成りたけ早めに越して、臼ころばしから向う阪をさがりに、見ると、河原前の橋を掛けてこの三島の両側に、ちらちら・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・静岡ッて箱根のもッと先ですか。貴方がここに待っていて、石段を下りたばかりでさえ、気が急いてならなかったに、またいつ、お目にかかれるやら。早瀬 お蔦、お前は、それだから案じられる。忘れても一人でなんぞ、江戸の土を離れるな。静岡は箱根より遠・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・秩父から足柄箱根の山山、富士の高峯も見える。東京の上野の森だと云うのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立って居る茄子畑を正面に照り返して居る。あたり一体にシンとしてまた如何にもハッキリと・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・世間の評判を聴くと、まだ肩あげも取れないうちに、箱根のある旅館の助平おやじから大金を取って、水あげをさせたということだ。小癪な娘だけにだんだん焼けッ腹になって来るのは当り前だろう。「あの青木の野郎、今度来たら十分言ってやらにゃア」と、お・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
はしがき この小冊子は、明治二十七年七月相州箱根駅において開設せられしキリスト教徒第六夏期学校において述べし余の講話を、同校委員諸子の承諾を得てここに印刷に附せしものなり。 事、キリスト教と学生とにかんすること多し、しかれど・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・白い花の傍へ行っては検索表と照し合せて見る。箱根うつぎ、梅花うつぎ――似たようなものはあってもなかなか本物には打つからなかった。それがある日とうとう見つかった。一度見つかったとなるとあとからあとからと眼についた。そして花としての印象はむしろ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・まだ炎熱いので甲乙は閉口しながら渓流に沿うた道を上流の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にして腰をかけ、品物を手にして店の女主人の談話しているのを見た。見て行き過ぎると、甲が、「今あの店にいたのは大友君じゃアなか・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・日の西に入りてよりほど経たり。箱根足柄の上を包むと見えし雲は黄金色にそまりぬ。小坪の浦に帰る漁船の、風落ちて陸近ければにや、帆を下ろし漕ぎゆくもあり。 がらす砕け失せし鏡の、額縁めきたるを拾いて、これを焼くは惜しき心地すという児の丸顔、・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・「江の島鎌倉見物」「石尊参り」「伊勢詣」「大和めぐり」「箱根七湯めぐり」などという旅行と同様、即ち遊山旅と丁度同様になって居るかと思います。可愛い子に旅行をさせろなどという語がありますが、今日では内地の旅行はすべてが遊山旅行になって居ますか・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
出典:青空文庫