・・・始は甚太夫が兵衛の小手を打った。二度目は兵衛が甚太夫の面を打った。が、三度目にはまた甚太夫が、したたか兵衛の小手を打った。綱利は甚太夫を賞するために、五十石の加増を命じた。兵衛は蚯蚓腫になった腕を撫でながら、悄々綱利の前を退いた。 それ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・何かあらずにはいられない、僕らは皆小手しらべはすんだという気がしている。 芥川竜之介 「校正後に」
・・・多門は小手を一本に面を二本とりました。数馬は一本もとらずにしまいました。つまり三本勝負の上には見苦しい負けかたを致したのでございまする。それゆえあるいは行司のわたくしに意趣を含んだかもわかりませぬ。」「すると数馬はそちの行司に依怙がある・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・二の腕に颯と飜えって、雪なす小手を翳しながら、黒煙の下になり行く汽車を遥に見送った。 百合若の矢のあとも、そのかがみよ、と見返る窓に、私は急に胸迫ってなぜか思わず落涙した。 つかつかと進んで、驚いた技手の手を取って握手したのである。・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ これは小手贔屓の言うところだ。「えいも悪いもない、やっぱり縁のないのだよ。省作だって、身上はよし、おつねさんは憎くなかったのだから、いたくないこともなかったろうし、向うでも懇望したくらいだからもとより置きたいにきまってる、それが置・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
一「武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。そしてその地図に入間郡「小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余た・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・私はお小手をとるつもりで、そう言ってやった。「何を言ってやがる。頭が悪いなあ。そんなことで、おさえた気でいやがる。それだから、大人はいやなんだ。僕は君に、親切で教えてやっているんじゃないか。先輩としての利己主義を、暗黙のうちに正義に化す・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、ときまっている筈なのに、おまえたちは、試合も生活も一緒くたにして、道具はずれの二の腕や向う脛を、力一杯にひっぱたく。それで勝ったと思っているのだから、キタナクテね。」 ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・焼小手で脳味噌をじゅっと焚かれたような心持だと手紙に書いてあるよ」「妙な事があるものだな」手紙の文句まで引用されると是非共信じなければならぬようになる。何となく物騒な気合である。この時津田君がもしワッとでも叫んだら余はきっと飛び上ったに・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・すると、その、ちょいと、小手を取ったんだあね」「ふうん。とうとう小手を取られたのかい」「とうとう小手を取られたんだあね。ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、どうにも、こうにもしようがないやあね」「ふう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫