・・・勿論この第二の打撃は、第一のそれよりも遥に恐しい力を以て、あらゆる僕の理想を粉砕した。が、それと同時にまた、僕の責任が急に軽くなったような、悲しむべき安慰の感情を味った事もまた事実だった。』三浦がこう語り終った時、丁度向う河岸の並倉の上には・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・私が私の視覚の、同時にまた私の理性の主権を、ほとんど刹那に粉砕しようとする恐ろしい瞬間にぶつかったのは、私の視線が、偶然――と申すよりは、人間の知力を超越した、ある隠微な原因によって、その妻の傍に、こちらを後にして立っている、一人の男の姿に・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・が、それはとにかく――東京の小県へこの来書の趣は、婦人が受辱、胎蔵の玻璃を粉砕して、汚血を猟色の墳墓に、たたき返したと思われぬでもない。昭和八年一月 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・加うるに肺腑を突き皮肉に入るの気鋒極めて鋭どく、一々の言葉に鉄槌のような力があって、触るる処の何物をも粉砕せずには置かなかった。二葉亭に接近してこの鋭どい万鈞の重さのある鉄槌に思想や信仰を粉砕されて、茫乎として行く処を喪ったものは決して一人・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その間に私は幾度、都会から郷里へ、郷里から都会へと、こうした惨めな気持で遁走し廻ったことだろう…… 私はまったく、粉砕された気持であった。私にも笹川の活きた生活ということの意味が、やや解りかけた気がする。とにかく彼は、つねに緊張した活き・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・カチャンという音一ツで、千万金にもと思っていたものは粉砕してしまった。ハッと思うと憤恨一時に爆裂した廷珸は、夢中になって当面の敵の正賓にウンと頭撞きを食わせた。正賓は肋を傷けられて卒倒し、一場は無茶苦茶になった。 元来正賓は近年逆境にお・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・いやしくも、なすあるところの人物は、今日此際、断じて酒杯を粉砕すべきである。 日頃酒を好む者、いかにその精神、吝嗇卑小になりつつあるか、一升の配給酒の瓶に十五等分の目盛を附し、毎日、きっちり一目盛ずつ飲み、たまに度を過して二目盛飲んだ時・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのであるから、また、そうなると人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまう男なのであるから、たちどころにその犬の頭蓋骨を、めちゃめちゃに粉砕し、眼玉をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨て、それでも足・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・自分の生活の姿を、棍棒で粉砕したく思った。要するに、やり切れなくなってしまったのである。私は、自首して出た。 検事の取調べが一段落して、死にもせず私は再び東京の街を歩いていた。帰るところは、Hの部屋より他に無い。私はHのところへ、急いで・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ と大声で叫んで棍棒もって滅茶苦茶に粉砕したい気持でございました。それから三日も、私は寝ぐるしく、なんだか痒く、ごはんもおいしくございませんでした。私は、菊の花さえきらいなのです。小さい花弁がうじゃうじゃして、まるで何かみたい。樹木の幹の、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫